★報告は義務なんです!(サンプル)
P84 / ¥600 / A5 / オンデマ / 2013.11発行
屯所パロの沖田×千鶴。
千鶴が土方さんへ総司とのアレコレを報告し続ける話です。
土方さん多めです。
※文字サンプルは改行を増やしています。
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思えば最初から嫌な予感はしていた。
千鶴を見つけたあの晩。
新しい玩具を見つけたかのようにニヤけていたあの男の表情。
ただでさえ面倒臭い立場の千鶴を、さらに追い込むような言動の数々。
終いには「殺しちゃいましょう」だの「斬るなら僕に任せてください」だのを本人の前でのたまう。
何かあればそうせざるを得なくなることは、全員が承知の上だ。
だが、何もなければそれは避けておきたいのが本音。
それなのに総司は煽る。
煽り続ける。
千鶴がすぐに真に受けて顔を青くしているのを、楽しんでいる様子だ。
もしも怖気づいた千鶴が下手な行動を起こせば、刀を抜かねばならなくなる。
そんな事態は、千鶴のためにも、そして後始末の煩わしさとしても、よくはないのだ。
『総司に何かされたら、すぐに報告してこい』
ちょっかいを出され続ける千鶴を哀れに思い、土方がそう声をかけたのはいつ頃だっただろうか。
あの傍若無人な総司の相手がどれほど厄介で苛立たしく、迷惑なものかを土方はよく理解している。
やり返し、言い返せる彼はまだマシな部類なのかもしれない。
千鶴は性格的に言い返すことはもちろん、やり返すことなどできるはずがない。
やられてもやられっぱなしで、理不尽な思いを抱え続けて、落ち込み、悩み、病んで、そしていつか逃亡を企て――捕まって処罰されることが目に見えている。
実に哀れで気の毒で不憫だ。
だからいざという時の逃げ道として声をかけておいたのだが、あれから数ヶ月。
彼女からは何の報告も上がってはこなかった。
千鶴という人間は幸いにも、総司が興味を示すに値しなかった存在なのか。
それならそれで構わない。平和が何よりだ。
だが千鶴が誰にも言えないように、影ながら陰湿かつ卑劣な犯行に及んでいるのだとすれば、早急に対応せねばならない。
「……ときどき様子を見てやった方が良さそうだな」
最近仕事が立て込んでいて、部屋に籠りっきりだった。
土方は息抜きの意味合いも込め、そして他の隊士や屯所の様子をも見廻り対象として、席を立つ。
襖を開けると、天高く昇った太陽が、眩い光を注いできた。冬の日差しはどこか遠く、空気が澄みきっている。
天気がいい日の千鶴は、たいてい洗濯や掃除に熱を上げていたはずだ。
屯所内を一周ぐるりと回ってみれば、きっとどこかしらで見つけることができるだろう。
そう考えながら、廊下を歩き出した。
広間で数人、中庭で数人の隊士を見かける。
それぞれあちらから挨拶があり、それに受け答えながら進んで行く。
遠くからは木の打ち合うような音が聞こえてきた。
恐らく誰かが木刀で稽古でもしているのだろう。
そうやって建物を半周ほどした頃。
廊下の曲がり角に差し掛かる直前、特有の甲高い声が響いた。
「――いっ、いやです!」
この屯所でそんな声を出す者など千鶴一人しかいない。
男だと偽っているのだから、女々しい声くらい控えたらどうなんだ。
逐一注意しなきゃわからないのかと土方は眉間の皺を濃くする。
だがその直後、千鶴にそんな声を上げさせた原因たる男の声も耳に届いた。
「煩いな、黙って僕の言うとおりに――」
「止めてください沖田さんっ!」
パシッと何かを叩くような乾いた音が聞こえ、すぐに曲がり角から千鶴が勢いよくパタパタと駆けてくる。
なぜか目元を押さえて自らの視界を塞いでいた。
そのせいで土方がいることに気付かなかったらしく、ドンッとぶつかって一瞬よろめいた。
「おい、何してんだ」
土方は千鶴が転ばないように腕を掴み上げ、小さく舌打ちをする。
千鶴が驚いたように顔を上げ、目を合わせた。
その瞳は赤く充血していて、頬には涙が一滴。
ますます土方の眉間に皺が寄る。
そのことに気付いたらしい千鶴が、すぐに顔を隠すように頭を深く下げた。
「す、すみませんでした、失礼します!」
そして謝罪の言葉だけを残すと、彼女はその場から逃げ去ってしまう。
その後ろ姿を見送った土方は、曲がり角の向こう側に居るであろう男にも舌打ちをした。
現場を見るまでもない。
先程聞こえてきた会話の内容。
そして涙目の千鶴。
それだけで何が起きていたのか、想像がつく。
総司が千鶴を捕まえて何か陰険な嫌がらせをし、千鶴が精一杯の勇気で手を振り払い、逃げたのだろう。
千鶴はああ見えて芯の通った強い女だ。
初めて会った夜。
この屯所に連れてこられた時。
自分の命が危ないと言うのに涙一つ零さなかった。
そんな彼女が泣くほどの卑劣かつ極悪な嫌がらせとは一体……。
総司の嫌がらせ被害第一人者とも言える土方は、自分が体験した数々の嫌がらせを思い浮かべながら、盛大な溜息を吐いた。
そして加害者と向かい合うべく、廊下の曲がり角を進んだ。
「総司、おめぇは……――」
曲がるなり小言を口にしようとした。
だが眼前に現れた総司に、なぜかムッとした顔つきで睨まれた。
「なんですか、土方さん?」
これは何かがおかしい。
嫌がらせをする際の総司は、終始顔をニヤつかせ、楽しんでいるのが常だ。
例え標的に逃げられたとしても、泣かせるまでやり通したのだから、満足しているのが普通ではないのか。
それではなぜ不機嫌なのだろうか?
いや、そんな理由はわかりきっている。
まだ嫌がらせは総司の満足点まで到達しておらず、中途半端な段階で逃げられたのだろう。
しかも、千鶴は逃げる際に総司をパシッと叩いたはず。
恐らくそれが総司の癇に障ってしまい、今現在、悪い顔をしながら報復の方法でも考えているってわけだ。
ますます千鶴が哀れでならない。
せっかく悪の手から命からがら逃げ出したというのに、この悪人は更なる嫌がらせに燃えているのだ。
ここは副長としてビシッと叱り付け、忠告してやらねばならない。
だが不機嫌なときの総司に何かを言ったら、状況が悪化することは目に見えている。
それによって千鶴に更なる被害が及ぶことは明らかだ。
誰か幹部を見張りにつけてやれたらいいのだが、生憎千鶴に対してそこまで過保護にはなれないし、新選組も暇ではない。
第一、今なにか苦言を呈したとしても、「土方さんに何がわかるんです?」とか「僕が何したのか見てませんよね?」とかクソ生意気なことを言ってくるに違いない。
全く想像するだけで腹立たしいことだ。
まあだが総司が何をしたかを確かめる必要はありそうだ。
その程度によっては近藤や山南あたりに協力を仰ぎたくもなる。
土方は考えに考えた末、話の通じなそうな総司ではなく、まずは千鶴に事実確認をすることを決めた。
それから一刻半ほど経過した頃。
土方は洗濯物を取り込んでいた千鶴を見つけ、「それが終わったら茶を頼む」と言う口実のもとで彼女を呼び出した。
その方が千鶴自身も来やすいだろうし、万が一途中で総司に見つかったとしても、逃げやすいと思ったからだ。
そうしてしばし待った後、千鶴が部屋にやってきた。
彼女は土方の用件が本当に茶だけだと思っていたらしく、すぐに部屋から出ようとする。
それを一言二言で制止させ、文机を挟んだ向こう側へと座らせた。
「何か、ご用でしょうか?」
千鶴の背筋はしゃんと伸び、真っ直ぐを見据えている。
だが――
「今日のことだ」
「あっ……えっ、えと……っ!」
土方が本題に入った途端に、猫背になって視線をわたわたと彷徨わせた。
もうそれだけで如何に彼女が大変な目に遭ったのかが窺える。
「ったく。総司に何かされたら報告しろと言っただろ」
呆れるようにそう言うと、千鶴はますます背筋を丸くして俯いてしまう。
「す、すみません、でした」
これじゃあ千鶴をますます畏縮させるだけだ。
土方は煩わしげに目を細めると、まずは彼女の気持ちを楽にするところから入ろうとする。
「あいつの気まぐれに泣くほど付き合うこたぁねえんだよ」
そう、気分屋の総司の嫌がらせなど、殆どが気まぐれだ。
何か明確な目的があるわけでもなく、ただの「暇潰し」に過ぎないのだ。
それを真に受け、我慢する必要などない。
「や、やはり、気まぐれ……なんですね」
「適当にあしらって逃げちまえばいいんだ」
千鶴に反撃など到底無理だとわかっている。
だったらその場から逃げだすなり、他の幹部に助けを求めるなりして身を守ればいいだけだ。
土方がそう助言する。
だが、千鶴は小さく被りを振った。
「でも、いつも逃げれないんです。毎回、駄目で……気付いたときには、もう手遅れで……」
どうやら逃げるっていう選択肢は彼女の中に既にあるようだ。
実際に今日土方が出くわしたのも、千鶴が逃げる現場だ。
だがそれよりも、少々気になる単語が飛び出した。
いつも……? 毎回……?
わかっちゃいたけど総司の嫌がらせは今日だけではなく、「いつも」「毎回」と言わせるくらい頻繁らしい。
一旦、溜息を吐く。
そういえば土方自身は、最近総司の嫌がらせを受けなくなっていた。
それは総司がほんの少し大人になって、土方の仕事の忙しさを考慮してくれたのかと感心していたのだが……。
もしかしなくとも標的が千鶴に移っただけだったのか。
暇そうに屯所内をうろうろする彼女が、恰好の餌食だったというわけか。
もっと早く気付いてやるべきだった。
土方は眩暈を起こしそうになりながら、嫌がらせの始まった時期を訊く。
「……で、いつ頃からだ?」
「…………先月の中頃から、少しずつ……」
月日にして約一ヶ月。
意外と最近のことでホッとする。
だが一ヶ月もの間を一人で耐えていたと考えれば、不憫にしか思えない。
「だから何ですぐに報告しねぇんだ」
思わず、また千鶴を責めるように溜息を吐いてしまう。
すると千鶴がますます小さくなって、眉を下げた。
「こんなことを報告していいか、わからなくて……」
まあ、千鶴の危うい中途半端な立場からしてみればその通りだろう。
総司はあんな奴だとしても、新選組幹部なのだ。
その悪行を他の者に報告するなど、相当の覚悟が必要なはずだ。
だが――
「一丁前に遠慮してんじゃねえ。何でも俺に言ってこい」
それが副長たる男の務めでもある。
途端に千鶴が顔を上げ、目を見開いた。
「土方さん……本当にこんなことで、宜しいんですか?」
その言葉には驚きの色が含まれていた。
「当たり前だ。むしろ毎回言ってもらった方が助かる」
ヤツの嫌がらせを把握しておきたい。
それに、毎回報告させておけば良い憂さ晴らしになって、彼女の不満がいきなり爆発することもなくなるはずだ。
「でしたら、ちゃんと言いますっ、これからは……!」
余程不満が溜まっていたのか、千鶴はぎゅっと握り拳をして、瞳をキラキラ輝かせた。
総司よりも上の立場である副長を味方につけられたと思って、喜んでいるのだろうか。
まあ、嫌がらせの件に関してのみだったらそう思ってもらっても構わない。
それに――
「これからじゃなくて、今日の分もついでに言ってけ」
一ヶ月も一人で耐えていたのだ。
積もり積もった恨み辛みを大量に抱えているに違いない。
幸いにも今日は大方の仕事を片付けた。
夕餉までなら話し相手くらいにはなってやってもいい。
――そう思っていたのが、土方の最大の間違いだったのかもしれない。
いや、確実に間違いだったのだ。
「は、はい。その、実は………………」
促された千鶴が、今日のことを語りだそうとする。
だが言葉を詰まらせ、無言が続く。
相当酷い目にあったのだろうと思い込み、土方は黙って耳を傾け続けた。
「沖田さんに、その…………無理やり……っ」
無理やり……?
あいつは一体何をしやがったんだ、と内心舌打ちをする。
千鶴は思い返すだけで辛いのか、瞳にまた涙を浮かべた。
余程恐ろしいことをされたのだろう。
耳は赤く染まり、小刻みに震えている。
されど、勇気を奮うように、時間をかけてゆっくり、千鶴が今日の出来事を口にした。
「わ、私、沖田さんに…………手を握られたんです!」
直後、千鶴は限界に達したのか「きゃあああ」と黄色い声を上げ、恥ずかしそうに両手で顔を覆って隠した。
いつの間にか頬も首筋までもが真っ赤になっていて、さっきまでの悲壮感が一切消え失せている。
それどころか周辺にはお花畑が広がるような、そんな雰囲気が漂っていた。
(中略)
答えが出ぬまま数日が経過した。
千鶴の態度は至っていつも通り。
あんなことを言ってしまったから、少しくらい避けられるかと思っていた。
でも、千鶴は相変わらず、目が合うと頬を赤くしてくれたり、過剰に目を逸らして意識したりしてくれている。
ただ、「なかったこと」にされてしまいそうな空気が漂っていることだけは気がかりだ。
そんなある日、見廻り後の報告が終わって、部屋に戻ろうとしていた時に……。
日頃の行いが良いおかげか、千鶴が見かけぬ子猫を抱いて、正面からやってきた。
「どうしたの、それ」
早速立ち止まって、話しかける。
千鶴も、総司の傍で立ち止まって、こちらを見上げてくれた。
「勝手に室内に入り込んじゃったんです。それを捕まえて……」
腕に抱えた子猫を撫でながら、千鶴が困ったように眉を下げる。
そういえば以前、確か千鶴がここへ来ていくらかか経った頃。
野良猫に屯所を荒らされて酷い目を見たことがあった。
彼女もそれを覚えていて、捕まえた猫をどうしたものかと途方に暮れているのだろうか。
でも、千鶴が捕まえられるくらい大人しい猫なら、放っておいても問題はないかもしれない。
「少し遊んであげたら、勝手にどこか行くんじゃない?」
猫という第三者がいれば、千鶴の警戒も少しくらいは弛みそうだ。
猫を抱えているせいで千鶴の両手は塞がっている。
だから、彼女の背中を押しながら、総司は一番近い空き部屋へと進路を向けた。
今日は風が吹いていない。
日差しも出ているから、襖を閉じているよりも開けたままの方が暖かい。
千鶴と二人で日向に座って、中庭を眺めながら猫とじゃれる。
猫は千鶴の膝の上に気持ち良さそうに座っていて、千鶴が撫でるたびに目を細めていた。
だけど総司が眺めていたのは、猫なんかじゃなくて千鶴のことだけだった。
普段彼女は年上の男ばかりに囲まれているせいか、はたまた置かれている立場のせいか、あまり気の緩みを見せない。
だけど今、小動物を相手にしている千鶴の表情は、慈愛に満ち溢れている。
もう、どこからどう見ても、天からの授かりものとしか思えない可愛らしさだ。
千鶴が子猫にしているように、総司も千鶴を膝の上に座らせ、撫で回して気持ち良くさせてあげたかった。
させてあげるべきなんじゃないかと思えてくる。
総司が理性を脱ぎ捨てながら、千鶴へと手を伸ばした。
だがその手が千鶴に到達するよりも先に、総司はとんでもないものを目撃する。
「ふふっ、くすぐったい」
無邪気に笑う千鶴。
そんな彼女の指先を、この恐ろしき獰猛な獣がぺろぺろと舐め回していたのだ。
「……………………」
斬り捨てたい衝動を抑え込んだ自分を褒めてやりたい。
総司は千鶴から無言で猫を奪い取り、引き離す。
総司とてまだ千鶴のことを舐めたことはない。
それなのになぜ猫如きに先を越されなければならないのか。
奥歯をぎりぎり慣らしながら、一旦その猫を自身の膝の上に置いた。
「沖田さんも猫は好きですか?」
恐らく今の一連の行動を、千鶴は「沖田さんも猫を撫でたいのかも!」と受け取ったのかもしれない。
「……別に、普通だよ」
好きでも嫌いでもなかったけれど、たったいま大嫌いなったなんて口が裂けても言えない。
そんなことを言ったら空気がブチ壊れてしまう。
だけどここで奇跡のようなことが起きた。
まだ猫を撫で足りないのか、千鶴が「自ら」スススッと傍に寄って来たのだ。
千鶴の膝は総司の太ももにぶつかって、千鶴の片手は総司の袖をがっちり掴んで、身を乗り出すようにもう一方の手で猫をまた撫で始めた。
余程猫に夢中なのだろう。
こんなに接近して触れているのに、千鶴が緊張で身体を強張らせたりしてこない。
こんなにも近くにいるのに、自然体の千鶴に触れられている。
すごく新鮮で、とても嬉しくて、総司はほんの少しだけ猫を好きになった。
それに今ならば、猫を撫でるという共通目的を装い、千鶴の手に自分の手を重ね合わせたりとか、そんなことだってできるに違いない。
猫様々だ。
だが総司がその作戦を実行に移そうとしたとき、猫が今度は総司の指に舐めついてきた。
総司とて猫に舐められる趣味はない。
動物を愛玩する気持ちは多少なりとも持ち合わせてはいるが、千鶴の目の前でこういうことをされると、なんだか気分的に嫌だった。
だがしかし、ここでさらに素晴らしいことが起きた。
総司の袖を握っていた千鶴の手にぎゅっと力が籠って、軽く引かれる。
そして総司の手と猫との間に、邪魔をするみたいに千鶴のもう一方の手が割り込んできたのだ。
「……なぁに。千鶴ちゃん、この子に嫉妬してるの?」
もうそうとしか思えなくて、総司は口元を弛ませながら千鶴の顔を覗き込んだ。
すると千鶴は一瞬ぽかんとした後、自分の手元をじっと凝視して、状況を掴もうとしていた。
そしてしばらく目をぱちくりさせた後、突然顔がぼぼっと赤く染まった。
こんな感じです(´∀`*)
1話ごとに千鶴・沖田・土方と視点が変わっていきます。
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