★ねじくれた話(サンプル)


P108 / ¥800 / A5 / オフ / 2013.09発行

屯所パロの沖田×千鶴。
病んでいる沖千をテーマにした2本立て。
「毒と薬」…総司を好きな故に毒を飲ませてしまう千鶴の話。
「桎と梏」…千鶴を好きな故に閉じ込めようとする総司の話。
それぞれ服毒、流血の描写があります。
また、「桎と梏」はサイト掲載中の「ねじくれた桎梏」の再録です。
期間限定で公開した「ねじくれた桎梏 後日談」もあり。
※文字サンプルは改行を増やしています。







文字サンプルは「毒と薬」のみです。



都合のいい思い上がりをしてしまいそうで怖い。
一緒に過ごす時間が増えるたび、重なるたび、勝手な期待がぬくぬくと膨らみ続けてしまう。
その膨らんだ想いはあまりに貪欲で、凶暴で、いつか制御できなくなってしまいそうだ。
千鶴はぎゅっと瞳を閉じたまま、気持ちを抑え込む。
抑え込んで、波打つ心に凪が来るのを待った。
すると、しばらく後――総司の指がそっと離れた。
それを望んでいたはずなのに、熱だけを残して消えてしまったそれに寂しさが募る。
だが、千鶴が目を開くよりも先に、まだ繋いだままの片手がさらに強く握り締められ、唐突に引っ張られる。

「涼しいところに行こうか」
「えっ……あっ、わ……」

提案と同時に歩き出した総司に手を引かれて、千鶴は足をもたつかせながら着いていく。
こんなこともよくある。
夏になってからは、特に頻繁だ。
連れて行かれる場所は大体似たような場所で、屯所内の風通しのいい一角か、日の当たらない屯所の裏手。
そこですることも、大体似たようなことだ。

この時間帯、屯所西側の小部屋は日が当たらない。
その部屋の襖を二面、開け放つ。
すると風の通り道ができあがり、二人の間を吹き抜けた。

「…………うー……う、ん…………」

さっそく総司が部屋の中央に寝転がり、具合が悪そうに唸り声を零す。

「大丈夫ですか?」

すぐに彼の傍に腰を落とし、心配げに彼を覗き込んだ。
すると総司が千鶴を見上げながら、自分のすぐ脇をぽんぽんと叩く。
「もっと近づくように」という合図だ。
千鶴が静々と膝で歩いてさらに距離を詰めると、総司は上体を軽く起こして、千鶴の膝へと頭を下ろし直した。
所謂膝枕というやつだ。

「……ただの夏バテ。こうしていれば治る、と思う」

そう言うと、総司は千鶴の膝にぐりぐりと頭を擦り寄らせ、気持ち良さそうに目を細めた。
確かに千鶴もバテてしまいそうな程の厳しい残暑が続いている。
組の上に立ち、他の隊士をまとめる立場である総司には、千鶴なんかよりもずっと疲れや苦労が溜まってしまうのだろう。

「無理なさらないでくださいね」

そっと手を伸ばすと、総司の頭を撫でる。
千鶴の指先と吹いてくる風によって、総司の柔らかい髪の毛がふわふわとくすぐったく揺れた。
膝に触れる重み。
手から伝わる熱。
その全てが愛しくて、特別で、幸せを感じさせる。
こんなことも、最近はよくあるのだ。
嬉しいことが沢山、頻繁に降り注いでくれる。
近頃の総司は、彼の方から傍に寄ってきてくれる。二人一緒の時間を作ってくれる。
こんなふうに甘えてくれるのだ。
膝を明け渡すことは、最初こそ抵抗があった。
だって総司は放っておくとどんどんと顔を埋めてくるし、足が痺れて感覚がなくなってもどいてくれないし、それに、なんだか、ものすごく、恥ずかしいのだ。
千鶴だけが思い描いているだけのものかもしれないことだけど。
膝枕は……。
男女がこんなふうにする膝枕は、親密な間柄を示すような行為に思えて、やっぱり期待が膨らんでしまうのだ。
それに、総司から「千鶴ちゃんとこうしていると落ち着くんだ」と言われたことがある。
暑苦しくて鬱陶しいこの季節の中で、こうやってくっついてきてくれると言うことは、もう、思い上がってしまっても、許されるのではないか。
総司にこんなことをされるのは自分だけなのかもしれない、と思いを巡らせるだけで、知らずうちに頬に熱が灯っていく。
はにかんでしまいそうになるほど、喜びも溢れてきてしまう。
このひとときの幸せな時間が、何よりも嬉しい。
もう【あんなこと】をしなくても、いいのかもしれないとさえ思えてきた。
できることなら【あれ】は止めたほうがいいことを理解している。
ここまで来ることができたのだから、そろそろ潮時のはずだ。
千鶴が愛しさを篭めて総司の髪を梳かすように撫で続けていると、不意に総司が身体を起き上がらせた。

「……も、もう、起きても平気、ですか?」

千鶴は総司の動作を目で追いながら、自分の膝元にぽっかりと空いた空間に寂しさを募らせる。
まだ、もう少し、あのままでいたかった、のに。
小さく唇を噛み締めて、この寂しさが言葉にならないように我慢する。
触れ合うことが当然なはずはないとわかっているのに、どうしてこんなにも欲張りな想いを抱えてしまうのだろうか。
すると総司の手が伸びてきて、千鶴の頬をふにっと突付いてその膨らみを潰した。

「――あっ…………」

気持ちを表に出さないように心がけていたはずなのに、いつの間にか頬が膨らんでしまっていたらしい。
総司の行動によってそれを自覚した千鶴は、驚きながら自分の頬を両手で覆って隠した。
だが、今更隠したってもう遅いに決まっている。
恐る恐る目の前にいる総司へと視線を戻すと、総司は物凄く勝ち誇ったような、余裕満面の笑みを浮かべていたのだ。

「そんな顔して、一体なにがそんなに不満なの?」
「……え、えと…………」

不満はいくつかある。
もっとくっ付いていたいとか、触れさせてほしいとか、わかっているくせにわざわざ聞いてこないでほしいとか。
そんなのどれも言葉になんてできないけれど。
千鶴が答えられないままに唇を噛み締めていると、総司はもう興味を失ったかのように開いた襖から庭の方向を眺めて、あくびをする。
そんな総司の仕草に、千鶴は更に唇を噛み締めた。
だって、まるで総司の興味が庭の方向へと奪われてしまったみたいじゃないか。
自分から興味を外されてしまったみたいじゃないか。
ちゃんと受け答えできなかった自分に原因があるとわかっている。
でも、二人でいるときは、自分だけに興味の全てを注いでほしいと願ってしまうのだ。

だが、そんな千鶴の卑屈な想いは、ただの早とちりだった。
総司がすぐにまた千鶴へと視線を戻すと、口元に笑みを携えながら千鶴をそっと引き寄せてきた。
そして――

「千鶴ちゃん、一緒に寝よっか」

そんな誘いの声と同時に、総司が上から覆い被さるように押し倒してきて、あっという間に畳に寝転がされる。
ふわりと鼻をかすめたのは、総司の匂い。
背中に触れる畳は僅かにひんやりとしていたけれど、上半身に圧し掛かる重みがそんな冷たさを簡単に掻き消してしまう。
一緒に寝たことは、何度かある。
縁側で日向ぼっこをしていたら二人して寝てしまったりとか、そういう感じの「子どもの昼寝」の域を超えない程度のものばかりだが。
こんなふうに重なり合うような添い寝状態は初めてで、千鶴は総司の下で硬直しながら熱だけを上げていく。

「あ、あのっ……沖田さ、ん……っ」

ようやく声を振り絞り、彼の名を呼んだ。
総司の顔が間近にあるのに、目を合わすことが怖くて、瞳を硬く閉じた。
すると何かが千鶴の額にこつんとくっ付けられた。
それと同時に総司の柔らかい髪が顔に当たって、くすぐったくなる。
そのせいで、そのおかげで、目を瞑っているのに額に触れたものが何なのか、簡単に想像できた。
総司の額だ。
お互いの額をくっ付け合っている状態なのだろう。
彼に押し倒されて、彼が上から覆い被さって、額がくっ付いて…………。
この状態を、一体なんだと言えばいいのか。

「また真っ赤だ。暑いの……?」

総司が白々しく、問う。
彼の息が、かかる。
暑いのではない。熱い。
とても熱い。
千鶴はさらにギュッと目を瞑って、呼吸を止める。
この熱の原因を作っているのは総司なのに、総司のくせに、そんなことを聴いてくるなんて、ずるい。

「千鶴……ちゃん…………」

名を呼ばれる。
だけど応えることができない。

「……千鶴ちゃん………………」

もう一度、呼ばれる。
頭の片隅では早く返事をしなくちゃと思っているのに、いま返事をしたら声がかすれてしまいそうだとか、そういうことが頭の前面を占めてしまって、行動に移せない。
緊張で震え出してしまいそうだ。
時間が経つごとに身体中のどこもかしこも熱くなってくる。
自分の心臓の音が煩すぎて、総司に聞こえているのではないかと不安になる。
余計な動きを取れない。針の先ほども動くことすらできない。
このまま全身を凍りつかせて、やり過ごしてしまいたい気分だった。
だけど、そんな千鶴の緊張と硬直は、総司の静かな動作によって解かれた。

「目を閉じてると、いざと言うときに逃げられないよ」

予告めいた声が落ちてきた後、ほんの一瞬、唇に今まで感じたこともないくらいやわらかい物が触れる。
え? と思った千鶴が、硬く閉じていた両の瞳をようやく開けると、目の前にはやはり総司がいた。
総司しかいない。
総司の細められた瞳しか、見えない。
現状把握はそれだけで精一杯。
睫毛すら触れてしまいそうな至近距離に眩暈がして、千鶴はすぐにまた目を閉じようとする。
だがそれよりも先に、総司の目元が僅かに笑ったように見えた。



千鶴ちゃんが総司愛をこじらせてやらかしてしまう話です(´▽`)




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