★僕のこと好きなくせに!(サンプル)
P44 / ¥400 / A5 / オフ / 2013.06発行
屯所パロの沖田×千鶴。
千→沖だと思い込んでいる沖→千な話です。
これは由々しき事態だ。
意識のないときに千鶴の好き勝手にされたなんて、耐え難い屈辱。
ともかく今すぐに千鶴を捕まえて、何をしたのかを全部吐かせて、それ相応の報復をしないと気が済まない。
だが事情を知らない藤堂は、総司の緊迫した問いかけを無視して、全く別のことを呟いた。
「いーなー、総司はさ」
彼は緩んだ様子で足を崩して座り、天井をぼんやりと見上げながら何かを羨ましがっている。
「…………なにが?」
その羨望の理由に一切心当たりがなかった総司は、質問を返した。
だが、その返事は総司にとっては信じられないものであった。
「だって千鶴に心配してもらえんじゃん!」
「全然いいものじゃないんだけど……」
総司は引いた。とにかくドン引きした。
千鶴の本性に気づいていない人間の思考など、理解ができなかった。
むしろ何も気づかずのほほんと生活している彼らのほうが、総司からしてみれば羨ましい。
「総司は寝てたからわかんねーんだよ」
そう、寝ていたせいで今大変なことになっているのだ。
寝ていた隙をつかれて大変なことをされたのだ。
風邪のせいで意識が朦朧としている相手に、千鶴はきっと笑顔であんなことやそんなことをしたのだろう。
なんたる非道の極み。
想像しただけでも悔しさで打ち震える。
怒りさえ湧いてくる。
そして総司は考えた。
――犠牲者を増やそう、と。
「だったら君も風邪引いてみたら?」
なんて良策なのだろうか、と総司は心の中で手を叩いた。
一人で底なし沼の中へと落ちるのは悔しくて嫌だけれど、誰かの足を引っ張って、引き摺り落として巻き込んでやるのは楽しいと思う。
一人よりも集団でいれば安心する。
――それが日本人に根付いた心理と言うものだ。
それに、一人だと泥の中でもがいて沈んでいくだけだろう。
だが、他に誰かが傍にいるのなら、そいつを足蹴にして、利用して、一人沼の中から脱出することだってでき得るはずだ。
総司は哀れな藤堂ににっこり笑みを浮かべる。
しかし藤堂は小さく溜息を吐くと、うんざりしたようにすごく意外なことを言ってのけた。
「ばっか、んなもん無理に決まってんだろ」
「なんで?」
「千鶴があそこまで心配すんのって総司だけだし」
「…………そうなの?」
思ってもみない言葉だ。
今回はたまたま総司が弱っていたから標的にされただけで、てっきり皆にも同じかと思っていた。
いや、総司の目から見れば、千鶴はなんというか博愛主義。
みんなが心配で、みんなが大切で、みんなにいい顔をする。
そんな存在だ。
だから好きじゃない。
千鶴に気を許すと言うことは、千鶴の博愛を受け取るということは、自分もその他大勢の一人に括られてしまうと言うことになる。
その他大勢になんてなりたくないから、彼女を遠ざけようとしていたのだ。
まあ、確かに誰彼構わず手当たり次第狙っている女の子など品がなくてどうかと思う。
どうかと思っていた。
だが藤堂によると違うらしい。
総司は疑心を向けながら、真意を確かめるように藤堂を見据えた。
「そーだよ。なんか……総司だけ特別扱いっつーの?」
「僕が千鶴ちゃんの特別……」
藤堂の言葉を噛み締めるように、総司は深く頷く。
…………よくよく考えれば、うん、まあ、藤堂の言うとおりのような気がした。
彼に言われるまでもなく、実はずっと前からそんな気はしていた。
薄々そうだと思っていた。
勘付いていた。
確かに千鶴は総司にだけどこか博愛とは違った愛情を向けてきていた。
その他大勢としては扱ってこなかった。
常日頃から只ならぬ視線を感じていたし、すぐに構ってこようとする。
接触の機会をいつも窺われていたし、なんかそういう気でも向けられているんじゃないかってわかっていた。
そう、藤堂に言われるまでもなく、察していた。
「そうだね、千鶴ちゃんは僕に……」
恋をしているのだろう。
うん、知ってた。
気づいていた。
わかっていた。
ただここは男所帯の新選組屯所で、千鶴は男装中の身だ。
そういう気持ちはありがたいけど周囲に変なふうに見られたらとか色々ある。
それに迷惑って言うか……そもそも今は近藤のためにこの刀を振るうことしか考えていないから、千鶴が性別を偽らなきゃいけない立場じゃなくても、そういうことは考えられないと言うか……そんな感じだ。
総司は鼻で笑った後に堪えきれず盛大にニヤけ、その後必死に表情を無に戻した。
そしてまた藤堂へと視線を戻す。
すると彼は先程までとは違い、少し真面目な顔つきで続けた。
「だからお前、あんま千鶴を苛めんなよ」
苛めすぎちゃうと千鶴が「沖田さんに嫌われてるのかも」と勘違いして、夜も眠れないくらいの不安に陥って睡眠不足になり、そんな不安な心境が彼女に悪夢ばかりを見せてしまい、その相乗効果で彼女の心の傷は深く深く抉られていき、毎晩メソメソ枕を濡らすようになって、そのうち衰弱して生きていけなくなる――ということを藤堂は心配しているのだろう……と総司は解釈した。
年頃の女の子は繊細で、どんなことで傷つくかはわからない。
根本的に男とは思考回路が違うのだし、男所帯のここで女の千鶴は心配ごとの相談をしづらいはずだ。
普通以上に注意が必要なのだろう。
千鶴と年齢も近く、友達のように接している藤堂は、彼女のそういうところを敏感に察知し、気遣ってあげられる優しい男なのだ。
――そんな藤堂から「千鶴は総司が大好きで夜も眠れない」というお墨付きを戴いたということは、つまりはそういうことなのだろう。
「……まあ、考えとくよ」
総司は笑い出しそうになるのを今度こそ堪えながら、きりりとした表情で答える。
その後、軽く雑談をして、そろそろ朝食の時間になるということで藤堂が退室をした。
パタパタと元気良く遠ざかっていく彼の足音を耳に入れながら、総司はもう一度布団に寝転ぶ。
そして掛け布団をぎゅうぎゅうに抱き締めると、浮かれた気分を拡散するようにごろんごろん転がり回った。
熱が引いたせいか、気分がすっきり晴れ渡っている。
障子から漏れる眩しい朝日が、まるで自分たちを祝福しているみたいだ。
「ああ、もう……仕方がない子だな……ははっ」
藤堂にあそこまでズバッと指摘されたら、これ以上彼女の気持ちを無視するわけにはいかなくなる。
かといって千鶴の気持ちを受け止めてあげるつもりも……ないというか、まあ、現状維持ってやつが丁度いい。
今はただ、千鶴が夜中にメソメソ泣かないで済む程度には優しくしてあげてもいいと思っているだけで、それ以上を望まれたら困るのだ。
総司は小さく溜息を吐く。
そして、千鶴が可愛くはにかみながら喜びを露わにする光景を思い浮かべた。
――だが、しかし。
予想と言うものは大抵、ででーんと大外れしてしまうものなのだ。
背後から接近を試みた総司が見たものは、千鶴の可愛い笑顔ではなく、警戒心いっぱいの引き攣った顔だった。
「なっ、なんですか、沖田さん……っ!」
「何って……君こそなんなの?」
総司は若干苛立ちながら、千鶴を見下ろす。
好きな男を前にしてそんな顔をするなんて、本当に可愛くない。
だがここで総司はピーンときた。
千鶴のことだ、コレはアレだ。
緊張しているのだろう。
そして愛情が裏返しになってしまっただけなのだろう。
なんて分かりやすい子なのだろうか、と総司は口の端を釣り上げた。
まあ、ともかく話を本題に持っていこう。
雑談しながら緊張を解してやるのが男たるものなのだろう。
「昨日はありがとうね」
「は、はい。もう治ったみたいで良かったです」
まずは礼を言う。
すると案の定、緊張が少し解けた千鶴が頬を弛めてくれた。
「うん。……千鶴ちゃん、嬉しそうだね」
そんな彼女の表情に嬉しくなったのは総司の方だったのだが、きっと大好きな人の体調が治った千鶴は、その何十倍も何百倍も嬉しくて嬉しくて溜まらないはずだ。
その程を聞きたかった。
「はい、心配だったので……嬉しいです」
素直すぎる千鶴が可愛くて仕方がない。
総司は早くもニヘッと顔を綻ばせた。
「着替えさせてくれたのも、ありがとう」
ともかくまずはそこから追求しようと思った。
着替えさせるふりをして一体何をしたのかを。
今なら千鶴に昨晩何をされていても許せる気がする。
なんだったらすぐに一緒に部屋に戻って、その再現をしてもらっても構わない。
「えっ……着替えは……」
だが千鶴は言葉を濁した。
まあ、濁したくなる気持ちは十分にわかる。
彼女は女の子だ、答えにくいのだろう。
「恥ずかしがらなくていいんだよ。でも、ほら……色々あるでしょ、僕たちまだ……」
付き合っているわけでもないし、お互いの気持ちを伝え合ったわけでもないし……。
でも千鶴がどうしてもと言うのなら、考えてあげなくはない段階まで進んでいるのだ。
そこら辺を彼女には少しくらい自覚してもらいたい。
いや、自覚させてあげなくてはならない。
すると、きょとんとした表情の千鶴から、思いもしない事実を告げられた。
「お召し物を用意したのは私ですが、沖田さんがご自分で着替えられましたよ?」
――昨日総司が倒れた後、原田が部屋へと運び、藤堂が布団を敷き、千鶴が着替えや看病道具を揃えた。
そこからどうやって総司を着替えさせようかと三人で話していたところ、突然なにかを閃いたらしい原田が、総司の頬をぺしぺし往復ビンタしながら「自分で着替えられるか?」と起こしたらしい。
その見事な作戦が功を奏したのか、総司はうんうん唸りながら目を覚まして、朦朧としながらも自分できちんと着替えたそうだ。
「あ、そう……なんだ……?」
「はい、そうなんです」
ちなみにその間、千鶴は廊下で待っていたという期待ハズレなオチまできっちり説明された。
総司は肩透かしを食らった気分になりながらも、廊下でモジモジ恥らいながら総司が着替え終わるのを待っていたであろう千鶴の姿を想像して、笑みを零した。
「でも、寝ずに看病してくれたって聞いたよ。ありがとう」
そう、ネタならまだあるのだ。
――寝ずの看病。
たかが風邪なのに、そこまで親身になってくれる千鶴の愛。
それをひしひしと感じる。だからこそあの風邪もすぐに治ったのだろう。
こんな感じのお話です(´▽`)
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