★恋知らずに恋をする(サンプル)
P32 / ¥200 / A5 / オンデマンド / 2011.11発行
屯所パロで 沖田→千鶴 なのに 沖田←千鶴 に持ち込まれてしまうお話です。
屯所内恋愛をします。
惚れ薬とか出てきて千鶴が騙されます。
「ぶはっ!」
千鶴から突然なされた宣言に、土方は啜っていた茶を盛大に噴き出した。
布巾を手に慌てて駆け寄ろうとしている千鶴を左手で制して、口を拭う。
いい大人が小娘の前で口に含んだものを零すなど恥でしかないのだが、事態が事態だ、仕方がないと割を切った。先程まで書いていた書類を片付けておいて良かったとだけ思っておこう。
それよりも今しがた、千鶴が投下した爆弾の方が事は重大だ。できれば空耳であってほしいのだが、いや、きっと聞き間違いであるはずだ。それを確かめるべく、土方は念のために訊ね直した。
「もういっぺん言ってみろ」
千鶴は小さく顎を動かして頷くと、先程それを言ったときと同じような真剣な表情をした。
これから紡ぐ言葉が本気なんだということを示すような、真っ直ぐな眼差し……しかし彼女の口からこぼれたのは、ふざけた内容だった。
「私、沖田さんのことを愛しているのかもしれません」
土方は沈黙した。空耳でも聞き間違えでもなかったらしい。しかしどこからどうつっこめばいいのかわからない。返す言葉が見つからなかった。
「考えてみれば思い当たる節があったんです」
土方が何も言わないものだから、千鶴は続きを催促されてるのだと思い、話し始めた。
この状態で話の続きをさせてもおかしな方向にしか進まないだろうことを理解していた土方は、即座に止める。
「いや待て。まず俺の質問に答えろ」
何から突っ込めばいいのか、土方は短い時間で質問事項を頭の中でまとめる。
「まずは。愛してる『かもしれない』って何だ。曖昧すぎるだろ」
わざわざ土方の部屋までやってきてした告白にしてはお粗末すぎる。すると千鶴は焦ったようにアワアワと言い訳をする。
「私、お恥ずかしい話なのですが初恋もまだでして、これがそういう感情ってよくわからなくて……」
つまり愛がどんなものかまだ理解していないのに、総司のことをそうかもしれないと思っている、というわけのわからない状態だ。
「わからねえなら違うんじゃねえのか」
千鶴から「総司を愛している」という感情は一切感じられたことがなかったので、土方はとりあえず否定しておいた。これで話は終了だ、と気を取り直して湯呑みに手を伸ばす。しかし千鶴が必死で言い縋った。
「いえ、私は沖田さんにべた惚れしているんです」
「ごほっ!」
また吹きそうになった。
千鶴のわけのわからない発言に土方はいつも以上に眉間に皺を寄せた。
「惚れただの愛してるだのそもそもお前、総司のこと苦手な方じゃなかったのか」
土方から見た印象はそうだった。
江戸で綱道に純粋培養されたのか、千鶴は悪意や敵意に慣れておらずそういうものにさらされることに対して滅法弱かった。
だからすぐに悪態ついて意地悪な態度を取る総司からは、どことなく距離を置くようにしていた……ように見えたはずなのだが。
「気づいたんです、愛しているって!」
一体どんな心境の変化があったのだろうか。
いい歳して子供みたいな気の引き方しかできない総司に向かって、土方は心の中でおめでとうと祝いの言葉を送った。
「おまえも奇特な奴だな。で、思い当たる節だったか。何だそりゃ」
思い当たる節、つまりは千鶴が総司を好きだと自覚した理由だろう。他人の色恋沙汰には興味はなかったが、土方はとりあえず聞いてみた。
「沖田さんが近づくと動悸、息切れがするんです」
再び沈黙がやってきた。もう何も言えない。
その症状は恋愛沙汰のときに出るもんじゃねえだろ……どうしてそんな勘違いを、と項垂れる。
何だか千鶴を構っていた時間が無駄だったように思え、とっとと出て行きやがれという代わりに手で千鶴をしっしっと追い払った。
しかし千鶴が食らいついた。
「ま、待ってください! 肝心な話がまだなんです」
肝心な話……?
確かに総司への想いに気づいただけならわざわざ報告にくる意味がわからない。他に何か重要な本題があったのだろう。
言ってみろ、と土方は千鶴の言葉に耳を傾けた。
すると千鶴は土下座するような勢いで頭を下げて、言葉を詰まらせながら言った。
「わ、わ・・・・・・・私たちの交際を認めてください!」
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