★恋愛初心者(サンプル)
P74 / ¥500 / A5 / オンデマンド / 2013.03発行
学園パロの沖田×千鶴。
※千鶴に彼氏がいます。総司は別れさせようとします。死ぬ死ぬ言って千鶴を脅します。別れていないのに手を出したりします。苦手な方はご注意ください。
「お、お気持ちは嬉しいのですが、私、付き合っている人がいるので……」
どっぷりと暮れた空。
自動車のヘッドライトが眩しく、目を逸らす。
バス停の時刻表が示す到着時間はとっくにすぎているけれど、このバス停は始発場所からは遠く、大抵時間通りには来ない。
帰宅時間を合わせて部室を出て、じゃあそこまで送っていくよと言ってここまで一緒に歩いた。
喜ばしいことにバス停には誰もいなくて、車の走行音だけがよく響いている。
いつ言おうかとずっと考えていた。
なるべく早いうちに言いたかったけど、なかなか二人きりになれなくて伸ばし伸ばしになっていた。
だからこんなムードも何もない場所で、告白する破目になったのだ。
好きだから付き合ってほしいとお約束のセリフを口にしたら、千鶴の返答は想像通りのものだった。
だけど今はそれで十分。
「嬉しい、ってことは満更でもないってこと?」
口角上げて動じないふりをする。
千鶴の頬が赤く見えるのは、気のせいではないはずだ。
「そういう、つもり、では……っ」
千鶴が声を上擦らせて、焦っている。
まさかそんな返答がくるとは思っていなかったのだろうか。
「彼氏がいないならOKだったってことだよね?」
「あ、あの、沖田先輩? えっと、どういう……」
総司とて最初から千鶴が断るのはわかっていた。
彼女の性格からして、付き合っている相手がいるのに他の男からの告白を受けるなど有り得ない。
だったらまずすべきことは、千鶴と彼氏の関係を変えることからだ。
「別れてよ、今すぐ。それで僕と付き合って」
「なっ……! そ、んなこと、言われても」
「どうせほぼメールだけの付き合いなんだし、今からお別れメールすればそれで済むよ」
そもそも千鶴とその彼氏の関係は、総司から見て「彼氏彼女」ではない。
「お友達」……と言うよりも「元同級生」の延長線上で、正直これ以上進展するとは思わない。
その程度の関係でしかないのに「彼氏彼女」という名目で千鶴を縛り付けて自由を奪うなんて、言語道断だ。
千鶴の性格では自分からその関係に終わりを告げることができないのだろう。
だったら第三者たる総司が動くほかない。
「せ、先輩? なに言ってるんですか?」
「ちゃんとしたいなら電話でもいいし、なんだったら僕が相手に言うから安心してよ」
直接対面してハッキリと言ってやってもいいと思っている。
そのほうがお互いにスッキリするし、相手もよりすっぱり諦められるだろう。
そんな総司の考えとは裏腹に、千鶴は眉間に皺を寄せ、困惑の表情を浮かべていた。
「か、からかわないでくださいっ!」
「からかってない。本気だよ」
「――っ、だったら余計に……非常識だと思います」
丁度そのとき、バスが到着する。
数人が下車していく間に千鶴はカバンの中からパスケースを取り出すと、総司を一瞥して乗り口へと足を進めた。
「千鶴ちゃん、待って。まだ話は――」
間の悪いバスに心の中で舌打ちしながら、千鶴の手首を掴んで引き止めようとする。
だけど、千鶴にその手を振り払われた。
「沖田先輩がそんな人だとは思いませんでした」
軽蔑するような眼差しを向けられた総司は思わず怯み、足早にバスへと乗り込んでしまう千鶴を取り逃がした。
大きくて広いバスの窓からは、彼女が右側の一人席に着き、バス停にいる総司のほうを向かないようにしているのがよく見える。
いつもならこんなふうに送ったときは、千鶴は左側の席に座って発車するまで窓から手を振ってくれる。
いつもとは違う光景。いつもなら有り得ない千鶴の態度だ。
「……なん、で?」
ゆっくり動き出して去り行くバスを眺めながら、総司は頭の中を混乱させる。
おかしい。どうしてこうなるのかがわからない。
途中までは予想通りの反応だったのに、なぜ千鶴は怒って帰ってしまったのか。
本来なら千鶴があそこではにかみながら微笑んで、即座に彼氏へとお別れメールを叩きつけ、そしてハッピーエンドのはずだったのに。
総司は我に返るとすぐに千鶴へと電話をかけた。
しかしバス車内ということもあって出てもらえず、何回目かのときに電源をオフにされてしまった。
焦れるような思いでメールを何通も送ってみたものの、結局その日に返事が来ることはなかった。
(中略)
総司から落ちた諦めにも似た溜息は、誰もいない用具倉庫で虚しく響いた。
放課後の部活動中。
今日も総司は誰もいない用具倉庫で千鶴のカバンを漁り、彼女の携帯電話をチェックしていた。
頻繁にチェックしすぎたせいか、今では千鶴よりもこの機種の操作に長けていると自負できるほどだ。
総司が思わず笑みを浮かべてしまったのは、いつも通りメールの送受信欄を開いた時。
本来ならば一日一往復しかされないメールのやり取りが、昨晩は何往復も成されていたことに気づいた。
昨晩の二人に何があったのだろうか。
メール画面を開くのが怖くなってくる。
しばらく祈るような想いで携帯電話を握り締めた後、総司は受信メールを開いた。
その内容に総司はさらに絶望する。
今夜、千鶴が彼氏と会う約束をしていることがわかった。
今日の部活が終わった後、千鶴が帰宅する時間帯に、彼女の家の近辺で会うらしい。
この季節の部活後なんて、どっぷりと暗くなっている。
そんな闇夜に千鶴を呼び出してすることなんて ――あれしかないに決まっている。
夜中に千鶴と二人きりになって耐えられる男がこの世にいるわけがない。
「……千鶴ちゃんが危ない……」
数時間後に千鶴の身に降りかかる最悪の事態を想像して、総司は青褪めた。
今はまだ、千鶴が自分のものになってくれないのを甘んじて受けている。
まだ自分のものにならなくてもいい。我慢する。
でも、辛い思いで我慢しているんだから、千鶴がその間に誰かのものになるなんて許せない。
千鶴に触れるのを必死に抑えているんだから、他の男にも触れさせないでほしい。
好きになってくれないなら、他の誰も好きにならないでほしい。
居ても立ってもいられず、総司は返信ボタンを押してメール作成画面へと移る。
もっと早くにこうしておけば良かったのかもしれない。
だけど千鶴にばれたときに果たして許してくれるかがわからない。
それがずっと不安だったけれど、ここまできたら、ばれないようにすればいいだけの話だ。
「…………………………」
その後、総司は千鶴の携帯電話を彼女のカバンへ元通りに仕舞うと、カバンと彼女のコートを両腕に抱えて用具倉庫を飛び出す。
武道場では剣道部員たちが真面目に竹刀を握り締めて練習に励んでいる。
部内試合の話を知らされたからだろうか、いつもより気迫を感じる。
だけど総司はそんな部員たちに見向きもせずに、スタスタと武道場の出入口へと向かう。
道場に通っているため、部活には出たり出なかったり、途中で帰ったりと気ままな活動状態の総司を見咎めるものはいない。
「……あ、沖田先輩、お帰りですか?」
出入口の扉付近で声をかけてきたのは可愛いマネージャーの千鶴で、総司は思わず笑顔で立ち止まりそうになる。手にはバケツを持っていて、そのバケツの中には雑巾が一枚入っている。
部活前に武道場のモップ掛けや雑巾掛けをするのは一年生とマネージャーの仕事になっているのだが、この寒い季節に濡れ雑巾はきっと辛いに違いない。
今すぐその手を取って暖めてあげたいものの、総司は心をぐっと鬼にする。
「待ってるから……!」
「は?」
「千鶴ちゃんのこと、待ってるから。ずっと」
祈りを込めて千鶴に告げると、総司はそのまま彼女と擦れ違い、そして走り出す。
「えっ、せん……それ、私のバッグ……?」
人質ならぬ物質だ。
何が何でも千鶴を帰すわけにはいかない。
携帯電話に財布にバスの定期。
全てがこのカバンの中に入っているし、何より現在ジャージ姿の千鶴の着替え――制服もばっちり掌握している。コートがなければ寒くて凍えてしまうだろうし、確実に千鶴は総司を追いかけるしかなくなる。
そんな計算をした上で意気揚々と飛び出してみたものの、渡り廊下を過ぎた辺りで追いかけてくる足音がしないのに気づき、くるりと後ろを振り返った。
…………千鶴どころか誰もいなかった。
「………………なんで?」
いや、きっと……確実に、部活中だからなのだろう。
千鶴はマネージャー業を放り投げることができないだけだ。
千鶴との楽しい追いかけっこを期待していた総司は肩透かしを食らうが、何しろこちらには携帯電話に財布に定期がある。
必ず捜し回られ、見つけ出され、この胸に飛び込んできてくれるはずだ。
総司は千鶴のスクールバッグをぎゅっと抱き締めながら、階段を上っていく。
一体どこが千鶴に見つけてもらいやすい場所だろうか。
千鶴のクラスはどうだろうか。
千鶴の席に座ってまだかまだかと待ち侘びているのも楽しそうだ。
でも千鶴が捜してくれるとしたら、わざわざ自分のクラスをチェックしようとはしないかもしれない。
見つけてもらえないのは嫌だから、ここは却下だ。
総司自身の教室だったら真っ先に捜しに来てくれるのではないだろうか。
そこは言うなれば自分のテリトリー。
千鶴を誘い込み、捕らえるのは簡単だ。だけど総司のクラスは目の前に階段がある。
放課後とはいえ部活で残っている生徒も多いのだ、誰かが通りかかって邪魔でもされたら最悪だ。
ここも却下するしかない。
他に千鶴が見つけてくれそうな場所は…………。
アレコレ考えながら階段を行ったり来たりして総司が向かったのは、よく一緒にお昼を食べる空き教室だった。
「ここならすぐに……来てくれるよね」
廊下からは死角になる机や椅子の裏に回って、いつもみたいに腰を下ろす。
昼休みは日が差し込んできて、季節の割に暖かい場所だったけれど、放課後の今は薄暗くて寒い。
床から伝わる寒さに総司はぶるりと身を震わせる。
「僕が風邪引く前に来てね……」
千鶴のカバンの中から彼女が愛用しているマフラーと耳あて、手袋を取り出すと、それを装備する。
耳あては白くて毛玉みたいにホワホワしていて、使い慣れていない総司にはむず痒くて仕方ない代物だった。
でも千鶴がいつもこれを使っているのだと思うと、嬉しい気持ちになってくる。
マフラーはぐるぐる巻きにして、そこに顔を埋める。
いつか千鶴を抱き締めたときにした匂いがして、変な気分になりそうだ。
手袋は総司の手には小さいけど、まあ何とか入った。
そして最後に千鶴のコートを肩に引っ掛けると、彼女のカバンを抱き締めるように握り締めた。
このまま眠ってしまったら、きっと素敵な夢が見られると思う。
千鶴が傍にいて、抱き締めさせてくれて、ずっとずっと一緒にいてくれる夢。
千鶴が迎えに来てくれるまでの間、そんな夢を見て待っているのもいいだろう。
総司はより深くマフラーに顔を埋めると、目を瞑るのだった。
こんな感じのお話です(´▽`)
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