★500円彼氏(サンプル)
P74 / ¥500 / A5 / オンデマンド / 2012.11発行
学園パロの沖田×千鶴。
告白に大成功した千鶴に振り回される総司の話。
※サンプル用に改編しています。
登校してみれば上履きの上にファンシーな柄の封筒一通が乗っていて、いまどき随分古典的なことをする人がいるもんだと逆に関心をした。
学校の下駄箱は学年、クラスごとに場所が決められていて、総司のクラスでは背の高さが配慮された結果、棚の上の方は男子、下の方は女子がそれぞれ出席番号順に割り振られている。
年季の入った木製の下駄箱には扉がついていない。
綺麗に踵を揃えて収納されている靴もあれば、まるで放り投げたかのようにゴタッと置かれた靴もあり、体育用の運動靴から体育館シューズまで全部を無理やり詰め込んでいるボックスもある。
小さなスペースであるのに持ち主の性格が表れている。
何が言いたいかというと外から何が入っているか丸見えというわけだ。
この派手な色の封筒なんぞ、視覚的に目に留まりやすい。
まあ、他のスペースならばの話だが。総司の下駄箱は幸いにも棚の最上段にあった。
封筒の位置が目線よりも上なので、これに気づいた者は恐らくいない、もしくは少数だろう。
総司はこういう方法が好きではなかった。
下駄箱というスペースと言えど、これは自分の空間だ。
そこへ他人が無断で物を入れるなんて不快感しか沸かない。
第一手紙など間接的すぎる。直接言えない程度のものならば伝えようとなどしてくれるな。
「まあ、でもメールよりはマシかな」
誰から聞き出しているのか、アドレスを教えてもいない相手から自己紹介がてらに告白されるのも不快だ。
手紙とメールのどちらがより苛立つかと言われたら、後者だろう。
それに、どうせならイタズラだったというオチのほうがまだ面白い。
総司は上履きに履き替え、ぺたぺたと歩く。
とっくにチャイムの鳴り終わった八時半過ぎ、この周辺に人の気配はない。
昇降口の端には掃除用具入れがあり、その脇にはゴミ箱が設置されている。
この不要な手紙の中身を見ることなく捨ててしまおうとしたのだが――何となく。
本当に何となく、封筒をひっくり返して差出人の名前を確認してみた。
雪村千鶴
その封筒は総司の手から離れ、ゴミ箱へ向かってひらひらと落下――しかけて、寸前で再びキャッチされた。
「――はあ? な、なんで……」
素っ頓狂な声が廊下に響く。思わず二度見、いや、四、五回ほど見直した。
目の前に近づけてみたり、少し遠くに離してみたりした。
どこからどう見ても書いてあるのはあの子の名前。
信じられない気持ちで再び表面を確認する。
沖田先輩へ
……こちらも何度見ようと自分の名前だった。
ネイビーブルーのインク。少し丸みがかった癖の少ない字面で、一画一画丁寧に書かれたことが伺える。
総司は前髪を掻き上げながら溜息を吐く。
どうするか迷いながらも封を開けることにした。
古典的で間接的で、総司にとっては気に食わない方法ではあるが、とても千鶴らしい方法だと思う。
せっせと手紙を書き、誰もいない時間を見計らって下駄箱に投下したであろう彼女の姿を思い浮かべると、なぜか無下にはできなくなった。
舌打ちしながら封筒の端を摘んでビリビリと破ろうとする。
が、千鶴がこの可愛らしい封筒を雑貨店でせっせと選んでいるであろう姿を思い浮かべると、やはり無下にはできなくなった。
幸いにも封は糊付けではなく、サーモンピンクとワインレッドのハート型シールが貼られているだけ。
総司はそれが千切れないように慎重に剥がしていく。
中身は封筒と同じ柄の便箋が一枚。二つ折りにされていた。
壁に背をつけ、しゃがみ込む。一度深く息を吐くと、総司はその便箋を開いた。
書いてあったのはたったこれだけ。
お話したいことがあります。
今日の昼休みに体育館裏へ来てください。
「〜〜〜〜っ、あーもう!」
総司はがくっと頭を下げると、髪をくしゃくしゃと掻く。
昼休みの体育館裏なんてベタもいいところじゃないか。
そしていちいち発想が古めかしい。
どうせならここに用件を全て書いておいてほしかった。
用件を知った上で無視することはいくらでもできるが、何も書かれていないのに無視をしたらただの自意識過剰のように思えて嫌だった。
「確実に告白、ってことだよね。……千鶴ちゃんかぁ」
誰が相手だろうと答えは決まっている。
だけど、こっ酷く振ることも無視することもしにくい相手だ。
良い子すぎて傷つけてはいけないような気分になる。
断るにしたって言葉を慎重に選んで、期待を持たせないように細心の注意を払って、できれば彼女には「フラれて良かった」くらいに思ってもらいたい。
(中略)
総司は一旦足を止めると、早足で寄ってくる千鶴が隣に並ぶのを待つ。
彼女は左手に弁当箱の入ったハンドバッグを提げ、左腕には寒さ対策のコートとブランケットを掛けている。
両手が塞がったままの状態で階段を上る姿は、どこか危なっかしい。
だけど、それを優しく持ってあげる気にはならない。
二人同時に階段を上り始める。
階下からは生徒たちの声がよく反響し、大きく届く。
聞こえるだけで近くにいるわけではない。
総司が振り返っても誰の姿も見えない。だけど、響く声が二人だけの空間を邪魔しているようで面白くない。
……今日も屋上に誰もいなければいいな。
総司は祈るような想いで一歩一歩進んでいく。
寒くなるにつれて昼休みの屋上人口率は格段に下がった。
ここ二、三回は二人きりで、人目を気にせずずっとくっついていられた。
今日もきっと。だから早く、早く……。
四階から屋上に続く階段を半分上がりきったところで、総司はついに我慢できなくなり、後ろから千鶴に抱き着いた。
頭に頬を寄せて、華奢な肩に腕を回し、ぎゅうっと力を込める。
「きゃあっ! …………も、もう。先輩、駄目です」
最初は驚いて叫んでしまった千鶴も、すぐに腕の中で大人しくなる。
いじらしい瞳を向けながら拒絶の言葉を紡ぐ千鶴に、総司は口角を上げた。
「駄目、って言ってるのに抵抗しないのはどうして?」
千鶴はその足を使って逃げようともせず、その両手を使って抵抗しようともしない。
ただその場で固まっている。
総司がくすくす笑いながら、さらに力を込め、千鶴の耳元で囁く。
「……どうして?」
「そっ、それは……だって……」
答えは簡単。
ここが階段の途中で、千鶴の両手は荷物で塞がっているから。ただそれだけ。
下手に動こうものなら階段から足を踏み外してしまうかもしれないし、両手で総司を押し返そうものなら折角つくってきたお弁当を落としてしまうかもしれない。
総司は千鶴が抵抗できなくなる状況を狙って、いつもこんなことを仕掛けている。
だからいつも千鶴に歩幅を合わせ、彼女の両手がふさがっていようと、それを持ってあげる気にもならない。
「ひ、人に、見られちゃ……」
「見られないよ。きっと誰も来ない」
「でっ、で、でも……」
反応が可愛くて好きだった。
耳が熟れた果実のように赤へと変わってゆき、心なしか体温まで上昇しているかのように感じる。
これからどんどん気温が下がっていったとしても、千鶴が傍にいればずっと暖かいままでいられそうだ。
総司は千鶴の首元に顔を埋める。
目を閉じてぴったりくっつけば、千鶴の脈打つ音が間近に聞こえた。
総司の脈動よりも少し早くて、酷く煩い。それだけこの状況を意識してくれている千鶴が、可愛くて仕方ない。
こういうときに、つい言いたくなる言葉がある。
「千鶴ちゃん、好きだよ」
ありったけの甘さを声に孕ませ、腕へ力を込めた。
以前千鶴がこうしてほしいとお願いしてきた行為だ。
初めてのときは彼女を泣かせてしまったけど、もう泣かせたりなんてしない。
喜んでもらえたらそれで嬉しい。
総司の囁きに千鶴は肩を竦めて小さく揺れた。
今度は首筋まで薄っすらと赤く色づいてくる。
自分の言葉一つでこんなふうに変化を見せてくれるのが楽しくて、総司はくすりと笑った。
(中略)
千鶴が気遣うような声をかけてくるが、そもそも何が原因でここへ来たのか、彼女はわかっていないのか。
全部千鶴のせいだというのに、本当にただの体調不良だと思っているらしい。
――そういうところがホントにイライラする。
「頭が痛いんだよ、君のせいで」
「ごめんなさい。寒いとこに呼び出したせいですよね」
違う、全然違う。何でそうなる。
総司は溜息を吐きながら起き上がると、ベッドの端をぽんぽんと叩いて千鶴を呼ぶ。
すると警戒心の欠片もない千鶴がとことこやってきて、素直にそこに座った。
「どうして別れたいの。僕が嫌いになった?」
顔を覗き込みながら訊ねた。一応、理由くらいは知っておきたかった。
直せるようなものなら「直すから別れないでいいよね」と言えるし、直せないようなものなら「諦めて」と言える。
総司には今にしてみれば心当たりもあった。
好きになる前と後とでは行動にかなりの差があると自覚している。
急激な変化を千鶴が受け入れられなかったとしても、仕方がない。
だが、千鶴はその問いに首を振って否定を示した。
「嫌いになんてなりません。……すっ、好きです」
あ、あれ……好き……?
別れたいと言い張る相手から出たとは思えない単語に、総司は目を回しそうになる。
「好きなら別れる必要なんてないよね?」
「あるんです、でも理由は……言いたくないです」
言えない理由になど興味はない。
総司は嫌われていなかったことに安堵して、千鶴の手をそっと握った。
そしてゆっくりと彼女へと顔を近づけながら、囁く。
「千鶴ちゃん、僕も好きだよ」
「――っ、だ、駄目です」
だが、何度かしているうちに千鶴はそういう雰囲気を感じ取れるようになったらしく、唇が触れ合う前に顔を背けられてしまった。
総司は千鶴の手を引き、腰に腕を回しながら彼女を引き寄せる。
「どうして? 好きならいいよね」
甘い声でそう言葉をかけると、千鶴の頬がどんどんと赤く染まっていく。
意識されていることが総司はなにより嬉しくて、千鶴を優しく抱き締めた。
「駄目なんですっ、先輩にキスされると力が抜けて……頭がぼーっとしちゃうんです」
ちゃんと話をしたいから駄目なんですと抵抗の言葉を吐いているくせに、千鶴は総司に身を寄せてきた。
言葉と裏腹な態度が可愛くて、そしてわざわざキスされたときの状態を口に出してしまうところが愛らしくて、総司はくすくすと笑いながら彼女の顎に手を宛がう。
「だったら余計なことを考えないで、ぼーっとしてて」
「あっ……ん………………」
唇に熱が広がった。
この瞬間はいつも心臓が止まったかのように静まり返る。
そして千鶴の小さな反応を感じると、途端に焦燥し、喧しく動き出す。
めちゃくちゃに貪り尽くしてしまいたくなるが、千鶴にそんなことをしたら怖がらせてしまう。
苛立ち混じりにゆっくりと彼女の唇を開かせ、時間をかけて深く深く、絡めていく。
本人の申告通り、千鶴は本当にキスされるとヘロヘロになってしまうらしい。
最初は総司のカーディガンを強く握り締めていたのに、その手はみるみるうちに力を失っていき、身体も段々総司へともたれかかってきた。
さらに言うと、いつもよりも素直になるらしい。
「……千鶴ちゃん、僕のこと好き?」
「ふ……ス……好っ、き…………んっ……」
総司がわざと答えられないように口を塞いでも、キスの合間に一生懸命想いを伝えようとしてくれる。
「僕も好きだよ…………大好き……っ」
「……も、……好き…………せんぱっ……………」
長い時間キスをし続けたことがなかったので、彼女がこんなにもわかりやすい反応をするなんて知らなかった。
確かにキスした後の千鶴は黙りこくってしまっていたけど、緊張しているだけだと思っていた。
千鶴の抵抗全てを飲み込んで、別れたいなんて二度と言えないくらいにしてしまいたい。
だけどずぶずぶと泥の中へと飲み込まれていくのは、一体どちらなのだろうか。
こんな感じのお話です(´▽`)
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