★その骨を軋ませたい!(サンプル)
P44 / ¥300 / A5 / オンデマンド / 2012.9発行
屯所パロの沖田×千鶴。
千鶴→→→←←沖田 な感じです。
※サンプル用に一部改編しています。
いつもならここで諦めて出直すことを考える千鶴だが、今日は違った。
あの女性とのやり取りを眼前で見せ付けられた悔しさがこびりついて離れない。
それを拭い去る唯一の方法が、総司に触れることなのだ。
「あっ、あの、沖田さん!」
千鶴は真っ直ぐに総司を見据えた。
「うん、なぁに?」
総司が小さく首を傾け、千鶴の話を聞く体勢に入る。
千鶴は緊張で震えだしそうになりながらも、一から十まで数えたら実行しようと決意し、心の中でゆっくりと数え始めた。
「え、えっと、そのですね」
一、二、三と数えながら、今から総司になにをするのかの最終確認を進める。
「うん。もしかして僕のこと待ってた?」
四、五、六と数えながら、まず総司との間合いを一気に詰めて懐に入る光景を入念に思い描く。
ここで失敗しては全てが台無しになるが、これさえ成功すれば後は簡単だ。
「ま、待っていたというか、わ、私っ」
七、八、九と数えながら、力の限り総司を抱き締める姿を思い浮かべる。
今まで我慢していた分、思い切り力を籠めて抱きつきたい。
骨がばきばき鳴るくらい強く強く締め尽くして、あの胸板に顔を押し付けてすりすり擦り寄りたい。
――あわよくば反動を利用して押し倒しちゃったりするの。
沖田さんは優しいから私を庇ってしっかりと下敷きになってくれると思う。
あの逞しい腕に支えられながら「大丈夫? どこも打ってない?」とか聞かれたらどうしよう。
大丈夫だけど大丈夫じゃなくなっちゃう。
沖田さんの色香にやられてクラクラになった私を、沖田さんは心配げに抱き締め返してくれるはず。
そのまま沖田さんの胸に頭を寄せて、心臓の音を聞いてみたい。
それを聞きながら目を閉じて、二人で夢の中に旅立ちたい。
――という流れが本日の目標だ。
千鶴は完璧なる計画にごくりと唾を飲み込む。
そして、十を数えようとしたその時、ふと不安が過ぎった。
押し倒したときに体勢を崩して身体が反転しちゃう可能性もある。
そういう場合のことを一切考えていなかった。
そうなってしまったら一体どうすればいいのか。
千鶴は「十」を飲み込み、しばし思考を巡らせる。
(中略)
「なにあれ、むかつく」
さっきまで己がいた方向を睨み付け、総司が不満げに舌打ちした。
ずっとこっちを覗き見ていたから、てっきり説教が終わったら自分の元へ来てくれると思っていた。
なのに千鶴が土方のところへ駆け寄った。
言い知れぬ苛立ちが芽生えるのも当然の話だろう。
「ん? 何やってんだ、あの二人」
総司に言われて千鶴たちのやり取りに気づいた新八が、苦笑いを浮かべる。
千鶴が土方にペコペコ頭を下げて、手を出してもらっているように見える。
土方はどこか困惑したように眉間に皺を寄せているが、千鶴のあまりの熱意に負けたらしく、スッと手を出した。
そこへ千鶴がありがたいものを扱うように触れていた。
「見てよ、あれ。土方さんがいやらしい手付きで千鶴ちゃんに触ってる。かわいそっ」
総司が奥歯をぎりぎりさせながら、憎々しく吐き捨てた。
彼の目にはそのように映るらしいが、新八の目には、千鶴自らが土方の手をツンツンしたり、撫で撫でしたり、にぎにぎしているようにしか見えない。
「いや、逆だろ? 千鶴ちゃんが触ってるじゃねえか」
総司を肯定してしまえば土方の威厳に多大なる迷惑をかけるような気がして、新八は見えたままを口にした。
すると総司が軽蔑の眼差しを向けながら溜息を吐いた。
「新八さん。千鶴ちゃんが自分から男に触るとでも?」
今まさに廊下の向こう側で触っているじゃないか。
新八は話の通じない総司とやらしげな手付きで土方に触る千鶴を、交互に見て無言の訴えを送る。
が、総司には全く通じなかった。
「あの子は純情で恥ずかしがり屋だから異性に触るなんて無理です、有り得ない」
無理でもないし、有り得なくもない状況が繰り広げられているのになぜ直視しない。
第一ここは男所帯の新選組屯所だ。
唯一の女子である千鶴が、異性に触れないなんて到底不可能な話。
「おまえは女に夢を見すぎた!」
女ってのは男よりも現実的で夢もへったくれもねぇ生き物なんだ。
したたかで狡猾で男を手玉に取り、不要になったらすぐにポイだ。
最初は「永倉さんって素敵よね」と言ってくれたとしても、こっちがその気になれば「冗談だった」だの「そういう意味じゃない」だのとそそくさと逃げる、そういう生き物なんだ。
――と、いうのが新八の持論だ。つい最近も玉砕した。実証済みの理論というわけだ。
だが総司もこの程度では折れてくれないらしい。
「千鶴ちゃんをそこら辺の女と一緒にしないでほしいな。あの子は例外なんです」
世の一般女性が新八の言うようなものだとしても、千鶴だけは違う。
彼女は目が合っただけで鼓動を加速させ、会話しただけで緊張の限界まで達し、手を繋いだだけで交際開始だと思っている節がある。
抱き寄せれば失神して、口付けすれば赤ちゃんができると信じているに違いない。
コウノトリが玄関先まで届けてくれるっていう発想の子だろうけど、まあ、そこら辺はいつか僕がしっかりと教えるので問題はない。
別に知らないままでも構わない。
「コウノトリが無事に我が家まで来てくれる儀式だよ」とでも言えば真剣に取り組んでくれるはずだ。
――と、いうのが総司の持論だ。
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