★とらわれて恋闇(サンプル)


P104 / ¥700 / A5 / オンデマンド / 2012.9発行

屯所パロの沖田×千鶴。
二人が屯所内恋愛しています。
※前作「まどろんで恋闇」および「わずらって恋闇」のその後の話。
千鶴が痛い目に合うシーンがあります。描写は抑えてありますが出血沙汰なので苦手な方はご注意ください。
※サンプル用に一部改編しています。






せっせと掘った落とし穴に千鶴を突き落として、何食わぬ顔で助け出してあげるとしよう。
きっと千鶴は潤んだ瞳で見上げてきて、それに縋るしか地上へ出られる方法はないのだと必死に手を伸ばしてくるはずだ。
想像するだけですごく気分がいい。
すぐにその手を取って引き上げてあげたくもあるし、焦らしてその瞳をさらに潤ませたくもある。
だけど例えば、うっかり足を滑らせたふりをして一緒に穴の中に落ちてしまったらどんな反応をするだろうか。
そういうときの彼女を一番見たいと思ってしまうから厄介な性格だと言われるのだろう。
「私のせいでごめんなさい」と責任を感じてくれるかもしれない。
罪悪感で満たされた彼女の心を意のままにするのはさぞ簡単なことだ。
だけどそんな心を手に入れたって面白くはない。
どうせなら「どうして沖田さんまで落ちてくるんですか!」と怒ってくれたほうが楽しそうだ。
彼女がそんなふうに人に責任を負い被せるようなことはしないとはわかっているけれど、千鶴に怒られるのは案外嫌いじゃない。
でも、たぶん、きっと……彼女なら一緒に脱出できる方法をあーでもないこーでもないと考えてくれるに違いない。
どちらか一人だけなら何とか助かるという状況にあったとしても、必ず「一緒」を選んでくれる。
もちろんその想いは総司も同じだった。
一緒に助かる道がないのなら共に堕ちていきたい。
こういうのって一心同体っぽくてすごく素敵だ、と総司は思う。
いや、渾然一体という言葉のほうが自分たちにはしっくりくる。
このままドロドロに溶け合って一つになれたらどんなに幸せだろうか。
――そんなふうに期待に胸を膨らませていたのはどうやら総司だけだったらしい。

「沖田さん、最初に私が出るのでお願いします」

そんなことを言いながら背中を向けた千鶴に絶句した。
総司の想いなど知りもしない彼女は、腰の辺りを掴んで持ち上げろと言わんばかりに両手を上に伸ばし、ちらりと振り返る。
妙にやる気満々の表情が癇に障る。

「……ふうん。一人で脱出するつもりなんだね」

落胆と苛立ちを込めた声色で総司が言い返すと千鶴は慌てて首を振った。

「そんなわけありません……! 上がったら私が沖田さんを引っ張りあげて――」
「無理だよ。君にそんな力はない」

総司の重みに耐えられずに再び穴の中に転がり落ちて元通りの有様になるに決まっている。
指摘されてその通りだと気づいた千鶴は、眉間に皺を寄せつつしばし考え込む。
そして別の方法が思い浮かばせるや、ぱぁぁっと笑顔を浮かべた。

「でしたらすぐに助けを呼んできます。隊士さんたちに手を貸していただきましょう」

これでバッチリですね! と言わんばかりに千鶴は握り拳を作った。
――と言うのも二人は今現在、総司の身長ほど深い溝へと落下してしまい、自力での脱出が困難な状況にある。
普段ならばこんな失態は踏まないし、この程度の溝なら簡単に抜け出せる。
普段ならば、の話だ。でも今日は違う。



(中略)



千鶴は総司から離れようとしない。
あかりを灯していないせいか若干積極的になったように思える。
五感の一つが鈍くなると彼女は僅かながらに能動的になるのか、と総司は頭の片隅に書き込みをし、考え込む。

(つまり千鶴ちゃんが暗闇に慣れる前に行動を起こせば……?)

総司は夜目が利くほうだ、現段階でなにを始めようとも全く支障がない。
このまま千鶴の気持ちが盛り上がっているうちに――――いや、駄目だ。
彼女が途中で闇に慣れてしまえば、いつもどおりに戻ってしまう。
途中で待ったをかけられるほど辛い夜はない。
だったらずっと目を閉じていてもらえばいいんじゃないか?
「君には刺激が強いから見てたら駄目だよ」とか「こういうときは目を瞑るものなんだ」と信じ込ませてしまえば、今の彼女ならば素直に従うかもしれない。
……まあ、いくらなんでも千鶴がそこまで単純だとは思ってはいない。

大体本人の意思に任せて目を閉じさせる必要はない。
この暗闇のように自然発生的に生み出されたものを活用するのがごく普通の流れだ。
そう、着物を脱ぎ捨てれば自然と不要となるこの寝間着の帯……! で、彼女を優しく縛って目隠しするのが普通の流れに決まっている。

総司は自分の帯と千鶴の帯を見比べる。
大した差はないが、「総司のもの」か「千鶴のもの」かという部分が重要だ。
「総司の帯に拘束される千鶴」と言う響きには所有欲をそそられる。
「自分自身の帯で拘束される千鶴」という響きには支配欲をそそられる。
どっちも魅力的な響きだが、要はどっちが先に脱ぐかで拘束用帯の発生する機会は異なる。
よし、支配欲に抗うことなく突き進もう。
大いなる決意と共に総司は彼女の帯へと手をかけようとするのだが、そこでさらなる名案が閃く。
――視覚以外も塞いだら、千鶴はもっと積極的になるのでは?

(耳栓……! 耳栓があれば更に……!)

めくるめく夢世界が総司の眼前に広がった。



(中略)



心寂しくなった総司は千鶴に率直な疑問をぶつける。
こんなことを聞いてどうなるかと言われたらそれまでだが、ただ安心したかった。

「千鶴ちゃんは僕のどこが好きなの?」
「え、それは、えーと……あの、うんと……」

どうして即答してくれないんだ。
まごまごと回答を濁す千鶴に、総司は気を落とした。
安心するどころかさらに落ち込む。
これ以上悩まれて変な答えをもらったら立ち直れなくなりそうなので、総司はさっさと次の質問へ移った。

「じゃあ、山崎君のどこが好きなの」
「山崎さんですか? 皆さんのことをとても考えていらっしゃいますよね。誠実な方だと思います」

どうして即答するんだ。
なぜ恋人を差し置いて山崎のほうをペラペラと答えるんだ。
千鶴の回答を聞いた総司は項垂れ、顔を覆った。
もし仮に浮気ならば最初が肝心と言うし、がつんと怒って、もう二度としないように約束させるのだが……。
こんな千鶴にがつんと指摘してしまえば、途端に「ばれたなら隠す必要はないですね、私、山崎さんのところへ行きます!」と開き直られてしまいそうだ。
それだけは絶対に嫌だ。自ら千鶴を手放す機会を作りたくはない。
逃がすくらいなら千鶴の本当の気持ちに気づいていないふりをして、この茶番生活を続けていくしかないのだ。
耐え忍ぶ以外に何か良い方法は……………………山崎を始末することしか思い浮かばない。
山崎さえいなくなれば千鶴の心は自分だけのものになる。
山崎がこの世から忽然と消えちゃえば平和が戻ってくる。

「そっか、山崎君を斬っちゃえばいいんだ!」

出口の見えない樹海に迷い込んだ総司は、極論とも言えるその方法を、名案閃いたとばかりに口にした。

「えっ、えええっ、沖田さん、落ち着いてくださいっ」
「そうやって庇うの? でも全部君のせいだよ」

相手が山崎で良かった、と総司は思った。
これが土方や斎藤なら厄介な話だ。
土方は総司を前にすると常になにかしらの警戒心を向けてくるし、土壇場の強さは計り知れない。
斎藤は勘が鋭く、きっと迷いなく応戦してくるだろう。
山崎なら……確実に闇に葬ることができる。
総司が薄ら笑いを浮かべながら刀に手をかけると、千鶴は総司を止めるためにパタパタと近づいてきた。

「まず刀を置いてください、置きましょう! ねっ?」
「刀を置いたら、構ってくれる?」

千鶴が近寄ってきてくれたことが嬉しくて、総司の荒んだ心が僅かに潤った。

「はい、もちろんです」

そう言いながら両手を広げ、総司の受け入れ態勢に入った。
これは「抱きついてこい」と言われているのだろうか。
千鶴にしては意外な行動だったので、総司は少々ぽかんと間を開けてしまう。
だがすぐに嬉しさが頂点を振り切って、刀を置くや否や千鶴に飛び込んでいった。



(中略)



ここは暗くて恐い。
千鶴が閉じ込められたのはどこかの納屋のような場所で、人の出入りが滅多にないのかとても埃臭かった。
一体どこなのだろうか。浚われたときに目隠しをされたため、検討もつかない。
それでも外へ行けばなんとかなるかもしれない。
千鶴は何度も逃げ出すことを考えたが、後ろ手に縛られ、足も縛られ、身動きが取れない。

ふと耳を澄ますと、誰かが近づいてくる音がする。
ざくざくと砂利を踏む足音に、千鶴は身体を強張らせた。
その音は千鶴のいる納屋の前で止まり、扉の向こう側で施錠を解いている。

彼女を浚った者たちの目的はどこで掴んだのか、幕府の密命によって新選組で進められている薬の開発とその実験例についての事実確認および詳細を知ることだった。
つまり変若水と羅刹のことを探っている。
あれが新選組にとってどれほど隠しておきたいものなのかを、千鶴は身を持って体験している。
そのことを知ってしまったが故に軟禁され、何度も殺されそうな思いをしては見逃されてきた。
その件について千鶴が知っていることは限られている。
今は山南に研究が引き継がれ、秘密裏に続けられているようだが、その詳細は千鶴に伝えられるはずもない。
しかし部外者からしてみれば、それだけの情報でも十分すぎるほどの秘密だった。

「おい、それは本当か?」

扉の向こうから男の声がする。
また拷問のような時間が始まるのかと千鶴は奥歯を噛んだ。
このままではどうなってしまうんだろうという絶望感が絶え間なく湧き出る。
このまま何も知らないふりをし続けていれば見逃してくれるほど甘くはないだろう。
用済みになったら始末されることはわかっている。
千鶴がすべきことは、そうされないように時間を稼ぎ、耐えること。
だが、千鶴の決意を一気に喪失される会話が扉の向こうから聞こえてきた。

「あいつ、付けた刀傷が消えたんだよ」
「まさか例の薬で……? 実験体そのものだったわけか」
「それを今から確かめるんだよ。退屈していたところだ、余興代わりになるだろう」

彼らは既に羅刹のある程度の特徴を掴んでいたのだろうか。
千鶴の生まれ持っての治癒力と、羅刹のそれを混同されてしまったらしい。





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