★恋鎖プログラム(書き下ろしサンプル)


P140 / ¥900 / A5 / オンデマンド / 2012.6発行

転生パロ 沖田×千鶴と隊士や鬼の再会短編集。
サイト掲載中の電車で再会シリーズ(もしも千鶴と最初に再会したのが○○だったら)の再録本です。
・IF風間編、山崎編以外を収録しています。
・全編加筆修正&後日談+南雲編+前世編を書き下ろし
 (※前世編は当然ながら転パロではありません)
・詳しい設定はサイトの電車シリーズのページをご覧いただければわかりやすいかと。
※サンプル用に一部改編しています。






<前世編>
それはまだ、二人が京の街にいた頃の話。
総司が廊下をぱたぱたと走り、とある部屋の前で立ち止まる。
そして部屋の主の名を呼びながら、襖を開く。

「千鶴ちゃん、千鶴ちゃん、千鶴ちゃん?」

しかし部屋は蛻の殻で、お目当ての相手の姿はない。
広間に勝手場、中庭、道場、その他色々と心当たりの場所は探し尽くした。
では一体どこに?
探すことに飽き飽きしていた総司は、この部屋に居座って待ち構えようかと考える。
だがそこへ、彼女特有の澄んだ声を総司の耳がとらえた。
総司はすぐにその声の方向へと駆けていく。
やっと見つけられたという嬉しさが心の中を占めていたのだが、その浮かれた気分は千鶴の姿を見た途端に萎んで枯れた。

「そうか、楽しかったなら良かった」
「はい! また誘ってください、原田さん」

千鶴は原田と並んで歩いていて、なにやら楽しそうに会話している。
あの様子から千鶴は今まで彼とまたどこかへ出掛けていたのだろう。
一体どこへ?
――そんなものどこだって構わない。
問題は『また』という部分だ。
原田はよくこうやって千鶴を連れ出す。
面倒見がいいと言うか、気配りが出来るというか、とにかくそろそろ千鶴に息抜きが必要だという頃合いを見計らって彼女を連れ出す。
そろそろ僕が、と思っていたところでいつもこうやって先を越されるのだ。
一気に詰まらない気分になった総司は二人に気づかれる前に来た道を戻り、千鶴の部屋に立て篭もった。

「………………あの、どうして沖田さんがここに?」

数分後、千鶴は自分の部屋の前で目を大きく見開いて困惑していた。

「なに。文句でもあるの?」
「いっ、いえ、ありません!」

我が物顔で堂々と居座る総司。
機嫌の悪さが垣間見え、千鶴は首を横に振って必死で否定した。
千鶴からしてみれば何故総司がそんな不機嫌なのかがわからない。
何か仕出かしてしまったのか、それとも彼によくある気まぐれなのか。
どうにか遣り過ごしたくてもここは千鶴の部屋。一旦戻ってきておいて立ち去るなどなんともし辛かった。

「お邪魔してよろしいでしょうか」
「君の部屋なんだから勝手に入れば」
「……失礼します」

念のため許可を貰って入室した千鶴が座ったのは、入り口のすぐ近くだった。
部屋のど真ん中にいる総司からは出来うる限り距離を取っている。
それが総司はますます気に食わなかった。
だから考えた。何かしてやろうと。
そうやって距離を置いたことを泣きながら後悔するようなことを。
様々な方法が頭の中に次々と浮かんでくる。以前嫌がる千鶴を追い掛け回したことがあるのだが、あのときは本当に楽しかった。



<南雲編>
幼少の頃より自分では体験したことがないはずの人生が頭の中に刻まれていた。
最初は妙にリアルな悪夢だと思っていて、あまりに酷い人生に恐怖心しか芽生えなかった。
成長するに従い、それが前世の記憶だということに気づいた。
記憶の中の自分は酷く寂しい人生を歩んでいた、と客観的に見て感じた。
絵に描いたように幸せだった幼少期は、人間に滅ぼされるという形で呆気なく終わった。
そこから先はまさに地獄だ。
最愛の妹と引き裂かれ、見知らぬ土地で虐げられて育ち、歪まない者などいないだろう。
ようやく再会できた妹は何もかも忘れて笑顔に包まれた生活を送っていて、全てを憎悪するしか道はなかった。
例えば今もしあの頃に戻れたとしたら、それでも同じ行動を取るだろう。
同じように妹を憎み、傷つけ、そして分かり合えないまま、また終わるはずだ。
ただ、きっと終わるその瞬間は、今度こそ後悔して涙を流す気がする。
なぜ妹を許してやらなかったんだ。
なぜ辛く苦しい思いをさせてしまったんだ。
優しくしてやればよかった。
あの幸せだった頃に少しでも近づけるように、手を伸ばせば良かった。
――そういう感情を抱いて、きっと終わるのだろう。

まあ、今は時代が違う。
あんな悲惨なことがホイホイ起きるほど現代日本もまだ荒れてはいやしない。
そして平凡な家庭でぬくぬくと育った薫には他人を憎悪する理由などない。
だからもし可能ならば、この人生は前世の分もたっぷりと妹に愛情を注いで大事にしてやりたい。
そういう考えに至るのは自然の流れではないだろうか。
だが、そんな薫のささやかな願いは決して叶うことはない。
なぜなら今生の薫は、一人ぼっちで生まれてきたのだから。
第一、前世だと思っている自分の記憶だって実際はどうだか怪しい。
ただ頭がおかしくなっているだけかもしれないのだ。
他人が前世がどうとか言い出したらまず病院を勧めるだろう。

しかし仮にこの記憶が本物だとしよう。
現に薫は幼い頃から見聞きした経験のない幕末日本の歴史を熟知していた。
その現象を転生のなせるわざだとするとしても、かつての妹とまた同じように双子として巡り合うことなど起きるはずもない。
――と、つい先程までは思っていたのだ。

「それがね、実は違うのよ」
母親だと思っていた人物が困ったように頬に手を当てて話し始めた。
その隣で父親だと思っていた人物が、母親だと思っていた人物を庇うように断りを入れる。

「隠していたわけじゃない。おまえが成人してから言うつもりだったんだ」

彼らの説明によると薫の本当の両親は薫が赤子のときに事故死したらしい。
遠い親戚で子供のいなかったこの南雲夫婦に引き取られたのだそうだ。

「ごめんね、今まで隠していて。うぅっ……」

台拭き片手に涙ぐむ母親と、気遣わしげに慰める父親。
薫は特に気にする様子もなく、朝食の玉子焼きを口に入れる。前世と違って虐待されて育ったわけではない。
むしろ血の繋がらない息子にこの両親は愛情を注いでくれていて、感謝こそすれど謝罪されるようなことは何もされていない。

「で、話はそれだけ? 俺そろそろ学校が――」
「い、いや……実はここから先が本題で……!」

時刻は朝の七時半。
長引くようなら電車の時間を遅らせなければならない。
だが父親はさっさと話を切り上げようとする薫に慌ててもう一つの事実を打ち明ける。
薫には千鶴という名前の双子の妹がいて、その子は東京で暮らす別の親戚に引き取られた、と。

「…………千鶴が?」

その名に反応した薫は、思わず手から箸を落とす。
千鶴がいる。
生きている。
また双子として一緒に生まれてきていた。
また彼女と関わりたい、今度は大事にしてやりたいと願っていることなど思い上がりも甚だしいとさえ思ってきたというのに、そんなものを押しのけるように溢れ出すのは「会いたい」という気持ちだけだった。

だが一つ、腑に落ちない点がある。
先程父親が「成人まで言うつもりはなかった」と言っていたが、ならばなぜ今言ったんだ?
こんな平日の朝っぱらから、なぜ? その答えはすごく簡単だった。

「向こうの親とも成人までは止めておこうって話してたんだ。けど今朝あっちのお父さんから連絡が来てな……」

千鶴にも実の両親の事故死や、双子の兄がいることを知られてしまったらしい。
ショックを受けた様子はなく、有りの侭を受け止めていたのであちらの親も安心していたのだが――千鶴の高校は偶然にも今日が創立記念日だった。
何を思い立ったのか千鶴は「兄に会ってきます!」と元気に家を飛び出してしまったらしい…………


この後ちゃんと総司も出てきます。




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