DROWN IN YOU

 コインに見立てたジャンクパーツを親指で弾き上げる。手の平を二つ縦に並べ、パーツの落下の軌道を隠す。同時にぐっと握りしめる。そして両拳を突き出し俺は口を開いた。

「はい!どーっちだ!?」
「………こっち?」

 挙動をずっと見守っていた真珠ちゃんが、いとも簡単に正解を指差した。五戦五敗、確実に見抜かれている。

「うわービンゴ!あっれー、やっぱ落ちたのかな〜腕…」

 手の内の証拠を晒してからにぎにぎと開閉を繰り返し、俺は大げさに肩を落としてみせた。真珠ちゃんには俺の矜持を砕いた自覚がさほどないらしい。不思議そうに小首をかしげ、聞いてきた。

「マジック使わないの?」
「んー?使うにしても、まずは基礎をしっかりしないと話になんないからね」
「ふうん…?」
「ね、真珠ちゃん。どうやって見破ってるか教えてくれない?」
「……」
「俺は暴かれんの嫌がるくせにって、そこも承知の上なの〜!」
「別に、そんなこと思ってない」
「そお?でもおねが〜い!」

 拝んで下から覗き込む。真珠ちゃんはちょっと困惑しつつも言葉を探して目を泳がせている。それを確認してからおねだりポーズを解除し、対面から横並びに移動して彼女の思考が整理されるのを待った。

「…えっと…」

 小さな手が俺の動きを再現する姿が愛らしい。思わずお伺いも立てないまま肩を抱いていた。

「……そう、それを持ってる方がぎゅってなる」
「より握り込んでるってこと?」
「えっと、うん」
「な〜る〜…流石だね、動体視力、石神村って。コハクちゃんや戦う子だけじゃないんだ」
「……」
「んー、確かに、思えば以前より握力の差が出来ちゃってるかも?返んないとね〜、初心」
「…ごめんなさい」
「えっ!?何で何で!?真珠ちゃんは俺にレベルアップするきっかけをくれたんだよ、感謝しかないよ!」
「そうなの…?」
「そう!次はぜーったい見破られないよう頑張るからね」

 もっと肩をくっつけて、抱いた手でなでなで。時間差で、悪いことしたって気持ちが出てきちゃったのかな。可愛いね。

「ゲンはすごいね…ずっと頑張ってる」
「お褒めに預かり光栄♪そんな真珠ちゃんにお礼を用意しました〜」

 コイン代わりだったパーツを自分の手の平に乗せ、指を畳む。ほいっと一声浴びせて開けば甘い甘い飴の出来上がり。

「…!」

 んー、その反応が見たかった!
 抱擁を解いて、両手を使って次々と飴の包みを手から湧き出させていくと、彼女はすっかり驚いて固まってしまった。

「ほいほいほいほい!はい受け取って〜!」
「え…え…!?」
「まだまだー!」
「こ、こんなにいらない!」
「あらそう?んじゃあね…」

 次はハンカチを広げ、包みの山を流し入れてもらう。それは適当に結んで袖の中へ。軽くなった彼女の手の中に残ったのは、封を解いた最初の一つと花びらが一枚。にこりと笑いかけてから飴を摘まみ上げた。

「はい、あーん」
「…ん」

 人差し指と唇でチュー。そして、唇と唇でもチュー。

「修業が終わったらまた付き合ってね」
「……何でしたの…」
「えーそれ聞いちゃう?真珠ちゃんが大好きだからだよ〜♪飴ちゃん舐め終わったらもっとしようね」
「……」

 ここで拒まず黙っちゃうのが死ぬ程たまんないんだよねえ。ご機嫌を損ねたお姫様になっちゃったとしても、それはそれでとーっても接し甲斐があるから全然構わないんだけど!
 真珠ちゃんはせめてもの抵抗か、ぷいとそっぽを向いて口の中身に集中している。けれど熱っぽいあからさまな俺の視線を受け流すことは出来ず、もじもじと体を揺らしていた。
 ここでもう一度肩を抱いてあげたら逆に落ち着くのかもしれない。でも今回は我慢我慢。気持ちよくなれるスイッチは自分が持っていて、自分で押さないと絶対に作動しないんだって文字通りじっくり味わってもらいたいから。

「……」
「……」
「……」
「ねーまだー?」
「まだ…!」
「そお?そんなに大っきかったかな?」
「……」
「嘘ついちゃやだよ?」
「…うぅ…」

 うーん、我ながらペラペラ男。恥ずかしさと些細な嘘への罪悪感に囚われてしまった表情を見て、助け舟を出したい気持ちがむくむく膨らんでいく。だって、俺としては本当に軽いだけのつもりだったのに、真珠ちゃんはもっと深いのをする準備が万端になっちゃったんだもの。もちろん大歓迎だよ。

「…まだ?」

 うつむき、ふるりと一度首を振った。

「じゃあ、こっち向いて?」
「……」
「真珠ちゃん」
「っ」

 ずいと顔を近づけ、無防備な耳のそばで囁けばぴくんと跳ねる肩。残りの短い距離を詰めたい衝動をぐっと抑え、行動してくれるのを静かに待った。
 数度のまばたきと深呼吸を経て、覚悟を決めて目を合わせてくれる。ここまでいくと意地悪になってしまいそうだけど、それでも俺は待ちたい。俺に望まれているんだって、何回でも自信をつけてもらいたい。
 つれない態度を取ってしまったり、軽率に拒んでしまう度に、君は自分を責めてしまうのを知っているから。君はそんな自分を面倒で嫌な子と思ってしまっているんだろうけど、俺は俺のために心を乱す君の全部が可愛くて仕方がない。
 俺の方がね、百倍厄介な奴なんだよ。でもどうか知らないでいてね。

「ね、して?」
「……」
「…一回だけじゃやだ」
「……」
「やぁだ。もっと」

 俺に求められて、真珠ちゃんの瞳が熱を帯びていく。
 これが見たいの。叶えてあげたいって頑張る姿が。俺からの愛を受け取るばかりじゃなくて、どうにかしてちゃんと返そうって差し出してくれる姿が。
 これこそが俺だけに与えられた特権なのだから。
 真珠ちゃんが動く。両頬に手を添えられる。俺はまぶたを下ろし、口を開けて舌を出した。気配が震え、それでも近づいてくる。
 晒した舌の上についと同じ感触のものが乗って、ざらりと舐められて、背筋がぴんと張った。
 羞恥より、屈辱より、"俺"が選ばれた。ぞくぞくと欲が満たされていく。
 視界を開放し、泣きそうな顔をした真珠ちゃんに向かって微笑みで褒めてあげてから、もう一度目を閉じ深く唇を合わせた。

「んっ!んん……!」
「…ん…ふ…」
「ふぁ……んぅ…」
「……ん。ふふ、ありがと、真珠ちゃん。大好き」
「っ…」
「次は普通にしようね」
「…うん…」

 頭を撫でると力が抜けて、より密着しようと頬に当てていた手が首に回ってくる。宣言通りのありきたりなキスを繰り返していく。物足りなくなってしまうまで、何回も何回も。
 何度だって"俺"を選んでほしいから。

「ふ、ぅ…」
「気持ちいねえ」
「……ゲン…」
「うん」
「……」
「ね…もっぺんやらしいの、しちゃおっか」
「……ん」
「じゃあ開けれる?お口…そうそう、いい子…」

 俺は君に溺れっぱなしだけど、同じぐらい手ずから溺れさせたいなんて思ってる。
 それでね。君は目論見通り沈んだり、たまには逃げたり、かと思えば自ら飛び込んできたり、逆に俺の背中を押して知らんぷりをしたり、何通りも駆使して俺を翻弄する。世間一般ではそれを気まぐれだのワガママだの言うのかな。一人の君からいくつも愛をもらえて、俺としては最高にハッピーで名誉なことなんだけどな。
 息を上げた真珠ちゃんがしなだれてくる。俺はそれを受け止め、髪に鼻先を埋めて深く吸い込みながら、飽きもせず好きだよと繰り返し言った。






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