3.科学を畏れよ

 太陽が昇り、空を渡り、沈んでいく速度が速まったのではないか。そう信じてしまいそうな程、毎日が目まぐるしく過ぎていく。
 砂鉄を集め終えた千空は、それを溶かす高温の炎を得るためさらなる人手を募った。その手段は料理。彼は穀物の一種である猫じゃらしを使い、この石の世界に"拉麺"を再誕させた。
 新しい食べ物に釣られて現れたのは村人だけではなかった。
 復活者の一人、あさぎりゲン。彼は早々に自身が司陣営に属する者と認めたが、それはこの科学王国に鞍替えするか迷いが生じたため、らしい。彼も例外なく労働力に組み込まれ、ミカゲにしてみれば対価のために対価を払わされるという、世の摂理ながらも何ともややこしい事態となっていた。
 ようやく完成した鉄の塊。これをさらに加工するべく一行は雷鳴轟く中山の頂上を目指す。"空の怒り"を鉄に宿すという荒業を成功させ、次なるアイテム"磁石"を手に入れた。その後すかさずミカゲによる二発目の雷が、スイカを免除した全員に落とされたのは言うまでもない。
 彼らは止まらない。千空は銅を薄く伸ばした後丸く切り出し取っ手を付け、台座の上に磁石と組み合わせて見たこともない装置を作り上げた。銅板は二枚横並びとなっていて、人がそれぞれ取っ手を持ち、板を回転させられるようになっている。台座からは二本の紐が伸びていて、千空の様子から、この紐の先に目的のものが発生するようだった。

「ねえゲン…あなたはあれが何か分かる?」
「いんや〜……電気を生み出せるらしいってことだけかな〜」

 ミカゲに話を振られ、ゲンが大袈裟な程肩をすくめて笑った。
 時刻は夜。千空とクロムは紐を持って倉庫の屋根へ上がり、つい先程正式に科学王国の一員となった金狼・銀狼兄弟が台座に乗り待機している。
 食事を共に取るようになり、ミカゲはすっかりゲンを仲間の一人として扱っていた。彼も彼女の手伝いを申し出ることが多く、自然と接する時間や会話の量が増える間柄となった。コハク曰く彼は嘘つきでめっぽう言葉が軽いとのことだが、流石にミカゲや子どものスイカに対する態度はまともなものだった。

「そもそも"デンキ"って何なのかしら?」
「んんん〜〜、俺は千空ちゃんみたく理系じゃないからね〜…ぶっちゃけ分っかんないや。まあ…雷とおんなじ力、になるのかな」
「えっ、雷?…空の怒りを…今から呼び寄せるということ?」
「呼ぶんじゃなくて、一から作るってのが近いと思うよ」
「作る…?そんなものまで…!?」

 ミカゲの表情がみるみる引きつっていく。

「あ、あんなところにいたら打たれてしまうわ…それに、屋根に火がついてしまわないの…!?」
「大丈夫大丈夫、そんなパワーはないから。せいぜいビリっとするだけでしょ。……ん?じゃ何でわざわざ高いとこに登ったんだろ、千空ちゃんたち…」

 二人で見上げた先には、屋根の先端に何かを設置する千空とクロム。千空が紐二本を受け取り、それぞれの手で握った。会話を交わしているらしく、影が小刻みに揺れている。
 そんな彼らを目で追いながら想像を働かせていたゲンがついに思い至り、声を上げた。

「そうか、アレ、エジソンか〜!」
「えっ、な、何?」
「ゴイスーなものが見れちゃうかもよ、ミカゲちゃん!ほら注目、千空ちゃんの手元!」

 彼の瞳は大きく見開かれ、科学少年二人と同じ輝きが宿っていた。巧みに出し入れしていた本心が今は全て晒されている。意識外に感じ取ったミカゲは一瞬それに釘付けになったが、彼の言葉を思い出し、急いで屋根へと向き直った。
 号令。金狼、銀狼が全力で銅板を回す音が暗闇に響く。
 少しの待機の後、千空の影が動いた。
 瞬間、彼を中心に閃光が放たれた。
 絶対の暗闇を覆す真っ白な光。時間にしてわずか一秒未満。しかし、確かに一度は全てが滅び去ったこの世界に、人類の叡智の結晶である科学の灯が甦ったのだ。
 ようやく、まずはここまで。思い描く未来への一歩をこうして踏み出したことに、千空はかつてない程の達成感を味わい、右の拳を強く握りしめ、眉間に皺を刻みながら固くまぶたを閉じた。
 しかし、万感の思いに浸る時はすぐに途切れることになる。

「ミカゲちゃん大丈夫!?」
「どうしたミカゲ!?」

 立て続けに上がった二つの声。人影が一ヶ所へ集まっていく。千空とクロムもそれに倣う。
 ゲンの隣に立っていたはずのミカゲが、腰を抜かしてしまったのか、その場にへたり込み呆然と虚空を眺めていた。目線を合わせたコハクに揺さぶられ、はっと焦点を彼女に合わす。

「あ……ご、ごめんなさい……驚いて、しまって…」

 まばたきを繰り返しては、目元をこする。どうやら先程の閃光を上手く遮ることが出来ず、まだ視界が眩んでいるようだった。全員が固唾を呑んで見守る中、やがてミカゲは震えていた自身に気づき、恥じるように背を丸めて肩を抱いた。
 恐怖。この場でただ一人彼女がそれを感じていると、各々が順に理解していく。
 最初に口を開いたのはゲンだった。

「メンゴ、ミカゲちゃん…。ビックリさせちゃったね、ちゃんと先に説明しとけばよかったね…」

 うつむいたまま、彼女が力無く首を振る。数度深呼吸。最後にもう一度ひと吸いして、顔を上げ、千空を探して短く見つめ合った。
 彼は眼差しを細くしていたが、決して彼女を責める表情ではなかった。

「…この先…もっともっと強くなるの、あの光は…?本当に、人が雷と同じだけの力を手に入れて、自在に操れるようになるの…?」
「……あ゙ぁ、理論上は可能だな」
「…それって……」

 先の言葉はとても口に出来なかった。無邪気に知る喜びを求めるクロムを、そして、千空の魂を成す根幹の一つをひどく否定してしまう。
 "科学とは、あまりに簡単に人を傷つけてしまえるじゃないか"。
 しかし、聡い千空には全てが伝わってしまっただろう。その証拠に彼の瞳には揺らぎが生まれていた。

「怖ぇか、科学が」

 核心を突く問いを投げかけられ、ミカゲが小さく唇を噛む。
 口に出さなかったもう一つの理由。最奥でくすぶっていたそれが、彼の問いを受けた途端に大きく膨れ上がり、心を上塗りしていく。その様を彼女ははっきりと感じ取っていた。

(言おう…ちゃんと、全部)

 理由とは、すでに根付いた信頼。

「…怖いわ。でも、それは少しだけ…今だけ。これまで私はあなたを見てきた。だから、あなたを信じる気持ちの方が、ずっとずっと大きいの…!」
「ミカゲ…!」

 コハクを皮切りに、名を呼ぶ声が次々と上がる。最後に千空が満足げに唇の端を吊り上げた。

「ああ、それでいい。畏れは忘れちゃならねえ。その上で、俺たち人間にゃ知恵がある、心がある。だから正しく使うんだよ、あらゆる"力"をな…!」

 彼が差し出した手をミカゲが迷わず取った。勢いよく立ち上がり、反動でふらつきながらも笑顔を見せた。
 と、それも束の間。彼女は飛び込んできたコハクに抱きすくめられていた。頬を寄せられ、コハクなりの甘え方に応えるよう、大きく背を撫でてやる。

「よかった、本当に…!」
「コハク…心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ、ありがとう」

 それぞれの想いが一つにまとまった夜だった。



  

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