悪魔の証明完了

 私には悪癖がある。こんな自分が大嫌いだけど、止められない。
 好きになり、好きになってもらって付き合い出したはずなのに、気づけば別の女の気配を探し回ってしまう。そのことに対して苦言を呈されればさらに衝動が重なり詰め寄ってしまう。
 この世界が石化光線に包まれる前、当時の彼氏は文句を垂れる私の倍私をなじって家から追い出した。やっぱり浮気していたんだ。私に言い当てられ、後ろめたいが故の逆上だったんだとその時は思ったが、頭が冷えてから、まともじゃないのは私だけだと反省した。
 好きなのに、どうして疑うんだろう。嫉妬深いのか、束縛が強いのか、被害妄想が過ぎるのか。どれかなんて分からないしどれも気持ち悪い。
 恋愛は私と私の周り全てを不幸にする。だから封じ込めた。幸い、その要素が絡まない私なら、まあまあ胸を張って生きていられた。
 だというのに、石化の元凶を退け人類の復興がどんどん進む今、私は再び男に依存するようになってしまった。もちろん最初は拒んでいたが、彼は私の気も知らずしつこく口説いてきた。そして私も結局は人と人肌が恋しい、ただただ卑しい女だった。
 あさぎりゲン。元芸能人、現私の恋人兼科学王国の切り札メンタリスト。…あぁ、順序が逆だな。本当に私は馬鹿だ。
 馬鹿だから、こうやって出張から帰った彼を労うこともせず、不満ばかり前面に押し出した仏頂面で尋問を続けている。
 これまでの経験と違うのは、侮辱される側であるはずのゲンがいつも満面の笑みを浮かべていることだった。

「珪ちゃん、そろそろ済んだ?気」
「まだ」
「オッケ〜♪」

 右手で台詞と同じサインを作り、ゲンが改めて姿勢を正した。ソファに座ることすら許されていないのに、どうしてそんなに余裕なんだろう。
 そして私は苛立ちと自己嫌悪を両立させながらため息をついた。

「本当にずっと一人でいたの?」
「プライベートの時間はね。食事会とか、そういう懇親の場はお仕事の一環だしフツーに出席したけど」
「宛がわれたんじゃないの、接待の女とか」
「コラコラ、それは旧時代と一緒に滅んで良かったもの。今は口に出すだけで炎上待ったなしよ?」
「嘘ついてたら爪剥ぐから」
「やー怖ぁ!商売道具に躊躇いなく手をかけちゃう珪ちゃんジーマーでガチンコ〜!」
「っ」

 ぎろりと今までで一番の眼光を投げつければ、やっぱりゲンはこの場に不釣り合いな蕩けた微笑みを返してきた。

「ふふ、あげるよ、十枚全部。ちゃあんと証拠を見つけらたらね」
「……ない」
「うん?」
「無いの!全然!いつだってそう!無いのにっ…私は…!」
「うんうん、そうだねえ。残念だねえ」

 ゲンが余裕綽々の態度なのは、後ろ暗いことが一切ないからだ。それぐらい分かる。でもだったら、どうして疑う私に腹を立てないの?どうしてこんな醜い私に幻滅しないの?
 私はこんなにも、理想とかけ離れた自分が嫌で仕方がないのに。ゲンのことが大切以上に自分が、私がばかりで、申し訳なさでいっぱいになっているのに。

「おしまいでいい?」
「……」

 うつむき、歯を食いしばりながらなんとか小さくうなずいた。

「よーっし!今回も繋がってよかったな〜、首!んじゃ、次は俺のターンね♪」
「えっ?」

 思わず顔を上げたものの、ほんの少しだけ雑な手つきで反対を向かされ、私は彼の表情を確認出来ないまま背後から抱きしめられていた。

「楽しかった?職場の皆との飲み会」
「!?」

 え、どうして知って…いや、これは。
 意趣返しだ。こんなこと、初めてだ。
 ちゃんと答えなければ。誤解を生ませないように。
 だって何もしていないもの。私の好きな人はゲンだけだもの。

「……ふつ、う」
「二次会も行っちゃったんだ」
「も、文句ある?」
「男の方が多かったんでしょ〜?」
「私が行かなかったらもっと偏ってた」
「優し〜好き〜」
「……」

 すり、と正面から横腹と腰を撫でられ、わずかに身体が跳ねた。

「ね、寂しい時どうしてた?」
「……」
「当てたげよっか。ここに呼んだでしょ、オトモダチ」
「!」
「まぁ〜、南ちゃんあたりだと俺は思ってるけど、他には誰が?」
「ちょっと前に復活した子」
「ふぅーん、それって女の子?」
「当たり前でしょ。家まで招くような男友だちなんていない」
「外で会う分にはいるんだ」
「そりゃあね」

 ちゃんと正しく伝わっているだろうか。違う、伝わっていて。
 言われる方って、こんな気分なんだ。衝動のまま言葉を吐き出すよりずっとずっと苦しくて怖くて冷たい。
 こんな、こんな酷い目に疲れている中毎回遭って、そりゃあ、気持ちも冷めるよ。
 あぁ、私、捨てられる、また。
 自業自得でしかないのに、そんな未来、耐えられない。

「っ…ゲ、ゲン、私…!」
「ダーメ。まだ終わってないもん」
「うぅ…」
「お待ちかねの第二ラウンド…言葉で聞いても晴れないなら、ねえ?」
「……」
「…メンゴ、流石にきっしょい?」
「…ううん…いいよ、何でもして…」
「ん、ありがと、珪ちゃん」

 指を絡めて、明るい口調で言葉を継いで、ゲンはここまでの流れを茶番にしてくれた。私のターンまで含めて。
 私、この人に甘やかされている。許されている。愛されている。
 そう理解して、これまでの冷たさが嘘みたいに全身が熱くなった。

*

 今夜のゲンは一等優しくて、でもそれ以上にねちっこかった。
 ひんひん喘がされながら、あれ、この人もしかして私と同じぐらいやっかいな人なのでは、と頭によぎっていた。次の瞬間、"変なこと考えてるね〜"と咎められ、その後はもう、いわゆる"理解らせ"ってやつを叩き込まれてしまった。
 私にはゲンだけ、そんなことを延々と叫び、おかげで喉を痛めて声もかすれてしまっている。
 それでも私は力を振り絞り、黙ってこちらを見つめる彼に話しかけた。

「…あの、さ…」
「なぁに?」
「…今まで…ごめん。もう、やめる、茶番」
「……」
「ご、ごめん、そんな言葉で片付けちゃ、ダメだよね」
「えー、いいよぉ全然。それよりお祝いしなきゃ。悪魔の証明完了。世に発表したら激震走んじゃないの〜?どこの界隈か知らないけど」
「…怒ってる?」
「まさか。お察しの通り、俺は"俺が好きなせいでめちゃくちゃになっちゃう珪ちゃん"が好きだよ。俺だけを見てくれるようになったからもっと好き〜」
「…ん…」
「元カレちゃんのことも吹っ切れてくれそうでもっともっと好ーきっ♪」
「ちょっ!今言う!?」
「アッハハ!珪ちゃんと接する上で大事なのは〜、何でも意識してもらうこ、と♪」

 ひとしきり笑ったあと、ふっと息をつき、ゲンの眼差しがさらに柔らかくなった。

「ね、珪ちゃん。俺の方こそメンゴね、長い間独りぼっちにさせちゃって。改めてお詫び、させて」
「…?」
「どーぞ」

 左手をぎゅっと握られ、解放されればわずかに感じた温度差。思わず起き出して腕をかざし、確認する。
 薬指に、銀色の輪がはめられていた。

「次から本格的に世界を回るの。これ以上離れ離れになりたくない。俺のそばで、俺が珪ちゃんに夢中なところをずっと見ててほしい。今のお仕事取り上げることになっちゃうけどさ…俺を、選んでくれませんか」
「……」
「……」
「……こんなの…荷物の中になかった…」
「うん」
「身体検査もしたのに…!」
「俺を誰だと思ってんのよ。…あれっ?そうなると新しい疑念植え付けうわぁ!」

 体当たりと言って差し支えない抱擁をお見舞いする。ヒョロガリの彼が支え切れるはずがない。この世界では十分上等なベッドに二人で思いきり沈み込んだ。

「あ、あなたも私もすっぽんぽんなのに!こんなプロポーズ!ある!?」
「世界一清廉潔白でっしょー?」
「式の時に言いふらしてやるから!」
「ちょちょちょ、そこは俺たちだけの秘密にしようよ〜!」

 ごろりんと揉み合い、薄い体の上に重なった。ゲンは嬉しそうだけど、汗まみれで私を何とか支え、許しを請う顔で媚びてくる。さっきまで超絶励んでたもんね、力入らなくて重いよね。

「十枚剥ぐの、覚えてて、一生」
「了〜解。俺は珪ちゃんから何をもらえばいい?」
「………名字?あっそれは逆か」
「ゔっ!幸せにします!」
「じゃあ、私も浮気したら十枚持ってっていいよ」
「やだ〜、絶対もらえるやつがいい〜」






- ナノ -