団欒

 バロン城、通称"華の間"。先代王妃が存命中私室として使っていた部屋だが、現王妃ローザは夫の居住区を共用しているため、調度品を整理し国王一家の友人をもてなす最上級の客室となっている。
 居間には大きなテーブルと四人分の椅子。バロン国王セシル、王妃ローザ、セシルの兄セオドール、そして彼の妻のディーナが座っている。彼らはテーブルに広げられた菓子や軽食をつまみながら、談笑を続けていた。

「これもあなたが作ってくれたの、ディーナ?」
「えぇ。大きな台所を使うのが久しぶりだったので、張り切りすぎてしまいましたわ」
「ふふ…元気そうで良かった。お兄さんの手紙にあなたの身体のことが書かれていて、とても心配だったの」
「申し訳ございません…ご挨拶も遅くなってしまいました」
「謝ることではないさ。今回の移動は大丈夫だったかい?」
「あ、はい、もう…」
「今のところ体調に問題は無いが、油断は出来ぬ」

 ディーナの返事にセオドールが被せて続けた。彼女が取り繕うことを見抜いていたようだ。

「何かあれば伝えて下さいね。すぐ対応出来るよう、人を待機させていますから」
「あぁ、すまぬな」

 発言を遮られたディーナは少しの間申し訳なさそうな顔をしたが、気を取り直して紅茶のポットを持ち、ローザに笑いかけた。

「お気遣いありがとうございます、ローザ様。おかわりいかがですか?」
「えぇ、いただくわ」
「僕もいいかな?」
「はい、喜んで」

 全員の紅茶を注ぎ足し、場を仕切り直す。自然と話題は真月という名の偽りの月が引き起こした騒動に移っていく。セシルやローザの口から語られた詳細なその内容に、ディーナは息を呑み、時に青ざめながら聞き入った。

「そ、そんな大変なことが起こっていたのですね…」
「兄さんから聞いていないのかい?」
「ここまで詳しくは…」
「…今のように余計な心配をかけさせたくなかっただけだ。結果として無事に帰還したのだから」
「うーん、でも僕はディーナに知っていてほしいですよ。兄さんが命がけで僕を助けてくれたことを。だから今日、こうやって話せて良かったです」
「…そうか」

 セオドールはそれ以上は言うことなくビスケットに手を伸ばす。が。

「じゃあその後のこともディーナは知らないのかしら?」
「!」

 ローザの言葉に反応し、ぎくりと体が揺れた。ディーナが小首をかしげながら彼を見上げる。その表情に若干の陰りが出ていることにも気づいたが、それを取り除いてやれる言い訳も思いつかず、ただ押し黙ってしまう。

「兄さんはね…」
「やめろ、言わんでいい…!」
「私には教えたくないことなのですか…?」
「醜態を好き好んで話す奴などおらぬ…!」
「あら、醜態だなんて。あのことがあったから、皆お兄さんがもう"ゴルベーザ"ではないと受け入れたんですよ?」
「い、一体何が…!?」

 狼狽するセオドールを完全に無視し、セシル夫妻は有無を言わせない王室貫禄の笑顔で続けた。

「ある敵がね、君の幻を創り出して人質を装ったんだ」
「えっ!?」
「お兄さんは偽者だと分かっていても、それでも見捨てようとはしなかったわ」
「もうよいだろう…!」
「結局化けの皮は剥がれて敵も討つことが出来たんだけどね」
「そんな…ことが…」

 ディーナは呆然と頬に手を当て、今の話の全貌を何とか理解しようと思考を巡らせているようだった。セオドールは動揺する自身を落ち着かせるため紅茶を一気飲みし、大きくため息をついてから話し出した。

「あれの正体が露見するまで手を出せず、敵の術中に陥ったのは事実だ。あの時は迷惑をかけた…」
「違いますよ兄さん。皆で力を合わせたんです。誰にもそれぞれ足りない部分はあるけれど、同時に誰かを補うことも出来るんですから」
「…そうだったな」
「はい」
「……セオドール様」

 うつむいていたディーナが話の腰を折るような形で呼びかけ、三人が注目する。顔を上げた彼女はどこか不満げな、彼女らしくないと言えるかもしれない拗ねた様子であるように思えた。さっとセオドールの両手を奪って握る。

「あなた様を想い、お慕いするのはこの私だけです。私以外の人に…例え私と同じ姿であったとしても、どうかもう二度と惑わされないで下さいませ…!」
「……」

 セオドールが息を止めて見つめ返す。ややしてから、ようやく彼女の言葉全てが脳に行き届いたのか、はっと呆け顔を元に戻して答えた。

「あ、あぁ、無論だとも。今の私は、あの時の私ではなくなったのだから」
「はい…!」

 彼から望んでいた言葉をもらい、ディーナが瞳を細めて笑う。その様を見守っていたローザも微笑を浮かべ、片手を頬に添えて一言。

「素敵ねぇ」
「えっ!?あっ、あぁ、嫌だ私、何を言って……も、申し訳ございません!」
「ディーナ、そんなこと言わないで。あなたたちの幸せな姿をやっと見ることが出来て、私はとても嬉しいのに」
「そ、そんな…あの、ですが……あ!そ、そうですわ、紅茶が無くなってしまいましたから、新しいものを淹れてきます!」
「あ、おい…」
「失礼します!」

 耳まで真っ赤に染まったディーナがばたばたと厨房へ逃げていってしまった。セオドールが再び動きを止める。珍しく彼も照れているようだ。ごほんと咳払いをしてセシルたちの方へ向き直す。

「見苦しいところを見せたな…私も少々驚いている…」
「まぁ、ご存知ありませんか?ディーナは本当はあれぐらい情熱的なんですよ。話に出た彼女の偽者に、あなたの心をちょっとでも奪われてしまったことが気に入らなかったみたいね」
「そ、そうなのか?」
「うふふ、後でたくさん優しくしてあげて下さいね」
「からかうな…」

 セオドールがティーカップを持つ。しかしそれはすでに空っぽで、彼はむうと小さく唸り、諦めて元の位置に戻した。少しの間目を閉じ、気分を鎮める。そして弟夫婦を見やった紫の両目は、憎しみも悲しみも全て流れ落ち、穏やかな光だけが灯っていた。

「セシル、ローザ。お前たちには本当に世話になった。特にローザ…そなたがいなければ、私は永遠にディーナを失っていたかもしれぬ。感謝する」

 セシルとローザも彼の瞳をじっと覗き込み、黙ってゆっくりとうなずいた。
 家族で過ごすささやかな、そして尊いひととき。それはまだしばらく続きそうだ。





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彩さんより頂きました、「毒虫と侍女その後、兄さんとヒロインとセシルとローザの4人のお茶会」でした。
リクエストありがとうございました。




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