27.
ドワーフ王ジオットが治める城内では、クリスタルを巡ってセシル・ハーヴィたちとゴルベーザの激しい戦いが繰り広げられていた。ドワーフたちはクリスタルルームを覆う結界に阻まれ、様子を窺うことすら出来ず、ただ王の間に集って決着がつくのを待つばかりであった。
先刻まではゴルベーザが圧倒的に優位だった。セシルの息の根すら止めようと迫っていた。しかし、突如結界をすり抜け飛び込んできた一人の召喚士によって、それまでの戦況が白紙に戻っていた。
パラディンのセシル、白魔道士のローザ、竜騎士のカイン、モンク僧のヤン、そして召喚士のリディア。完全に体勢を立て直した五人の連携に、ゴルベーザは確実に押され始めている。もう一度眷属の黒龍を喚ぶ力は残っていない。幻獣という人の力を超えた強大な攻撃を相殺する術は無く、ゴルベーザはセシルたちの猛攻を全てその身に受けていた。
「ぐあ…!」
ついにゴルベーザが苦痛に満ちた呻き声を上げ、膝をついた。鎧は所々が砕かれ、そこから血が流れ出ている。乱れた呼吸が兜の中で何重にも反響し、彼の思考をさらに濁らせた。
「これで終わりだ、ゴルベーザ!」
剣を構えたセシルが突進する。ゴルベーザも後ろ足を蹴り、崩れた姿勢のまま前へ出た。彼の手から放たれた炎をものともせず、それを裂いてセシルは真っ直ぐ向かう。
突き出された剣がゴルベーザに迫った。鎧の剥がれ落ちた胸元を狙うそれは、最後の抵抗によって肩口へ逸れ、刺さる。一瞬、兜の奥の瞳とセシルの瞳がぶつかった。そのどちらも互いへの憎しみの色に染まっていた。
セシルが腕を引いた。刺し跡から赤い液体が噴き出し、ゴルベーザが吼えた。彼はそのまま仰向けに倒れ込み、負荷を溜めた内臓がとうとう限界を越え、口からも血を吐いた。
鎧の内部にどろりとした液体が流れ続け、恐ろしく不快だった。視界が陰る。傷口の熱さと痛み以外の感覚が薄れていく。気をやる訳にはいかないと、ゴルベーザはわずかも体を動かせないまま、それでも立てと己に命じ続けた。
容赦なく漆黒に塗り潰されゆく彼の眼前に、不意に人影がぼうと浮かび上がった。
(…!!)
ディーナだった。薄く透けた彼女が目を細め、ゴルベーザを覗き込んで手を差し出した。反応しなかったはずの彼の右手がそれを取ろうと少しずつ伸びていく。心の中で何度も彼女の名を呼んだ。その度に微笑みは深くなった。
指先が触れ合う。その瞬間、彼女の爪が、次いで細い指がじわりと黒く変色し、形を失い、滴り落ちる闇となって彼に襲い掛かった。
覆われた闇の合間から、醜く歪むディーナの口元が見えた。それも崩れ去り、やがて彼女に成りすましていた何かが姿を現す。人か、魔物か、魂か。判別は出来なかったが、彼はその存在を本能で理解した。
"奴"だ。
意識がぶつりと切れた。
*
動かなくなったゴルベーザをなおも睨みつつ、セシルは剣を鞘に納めた。そこでようやく肩の力を抜く。仲間たちが駆け寄り、ローザが不安げに彼の腕に手を添えた。
「やったの…?」
「分からない…急所は外れたから。でも、まずはクリスタルを回収しよう」
「私が行くわ!」
後ろに控えていたリディアが名乗りを上げ、祭壇へと足を向けた。セシルとローザが彼女を見守り、ヤンとカインがゴルベーザに武器を向け、警戒する。
リディアが最後の段を上った。宙に鎮座するクリスタルへ両手を出す。だが、正に触れようとしたその刹那、まるで罠が発動したかの如く、眩い光と衝撃波がクリスタルを中心に放たれた。
「きゃあっ!」
「リディア!」
吹き飛ばされたリディアをセシルが受け止め、共に倒れ込んだ。ローザが二人を支え、起こしてやる。
「大丈夫か!?」
「うん、ありがとうセシル。でも一体何が…?」
リディアがそう言い終わると同時に、全員が部屋に異様な邪気が満ちたことを感じ取った。ゴルベーザに視線が集まる。
彼の腕がぴくりと震え、直後、素早く掲げられた。部屋が一度閃光に包まれ、そしてセシルたちは状況を飲み込む猶予すら与えられず、すでに強い圧力によって地面に縫い付けられていた。
「こ、これ、は…!?」
かろうじてセシルが声を絞り出す。視線の先に、何とか制御を退けようと激しく全身を震わせるヤンとカインの姿があった。そのさらに奥の人影がゆらりと動く。ゴルベーザが立ち上がっていた。
「私は…死なぬ!」
彼は重々しく足を引きずり祭壇を目指す。誰もが抵抗するが、身体は大きな力に押さえられたままだ。
血の道を作りながら、ゴルベーザがクリスタルに到達した。それを掴み取るとしばらくうつむき佇んでいたが、やがて低く不気味な笑い声を上げ出し、天を仰いで叫んだ。
「…っは、はは、ふはははは…!遂に手に入れた!もう回りくどい方法を取らずともよい!自らの手でこの星を滅ぼせる!残るクリスタルはあと一つ…あと一つだ…!」
ゴルベーザの足元から闇が湧き出す。彼はそれを纏いながら姿を消した。
セシルたちの拘束は解けたが、皆ただ呆然と光を失った祭壇を見つめ続けるだけだった。
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