12.

 ゴルベーザがディーナに解雇を言い渡し、彼女がそれを撤回させた数日後。
 彼らは飛空挺に乗り込み、新たな拠点、ゾットの塔に入った。どこかの孤島にそびえ立つ機械仕掛けの塔である。世界のどの国も持ち合わせていない謎の技術力が集約されたそれは、外見を含めた全ての機能において、ディーナの理解をはるかに超えるものだった。
 鞄一つ分の荷を解いて、ディーナは早速かかった招集に応じるため、案内役の女兵士の後ろを歩いていた。この塔はすでに拠点として使われて長いらしい。ファブール遠征後、赤い翼の帰還が遅れたのはここに立ち寄っていたためだとゴルベーザから聞いた。
 女兵士に置いていかれないようディーナの足が速まる。今まで見たどの女性より大柄である。きっと彼女も魔物か、魔物になった人間なのだろうと思った。あの近衛兵たちと違って、嫌悪感は全く湧かなかったが。

「ここが会議室です」
「はい、ありがとうございました」

 何の取っ手も無い扉の前に立つと、それは不思議な音を立てて横に開く。何が起きるか分かっているが、未だに慣れないせいでその場から一歩引いてしまう。そして、彼女はそろそろと中に入っていった。
 一番奥の座席にゴルベーザが、そしてその前に一人の男が立っていた。紫で統一された鋭い印象を持つ鎧。竜を模った兜が特徴的で、目元はそれに遮られ確認出来ない。真っ直ぐ下がる長い金の髪が、兵士である彼にどこか高貴な雰囲気を纏わせていた。

(竜騎士様…どこかでお見かけしたような…)

 わずかだが、彼と目が合った気がした。

「お待たせいたしました」

 一礼し、顔を上げた後、彼女はあることに気づいてはっと息を呑んだ。ゴルベーザが兜を外している。バロン城内では、少なくとも彼女と彼女以外が同時に対峙した際、彼は必ず素顔を潜めていた。
 ディーナが隣に移動したのを見計らい、ゴルベーザが口を開く。

「先に紹介する。カインだ。お前も名ぐらいは知るだろう?」
「えぇ…。初めまして、ディーナと申します」
「……あぁ」

 カイン・ハイウインド。ミストの大地震で死んだと伝えられていた竜騎士団団長。ディーナがかつて城で見習いとして働いていた頃から、友人であるセシル・ハーヴィと共に名声高い騎士であった。

(セシル様は…ご主人様と敵対している。でも、この方はこちらに…何故?……いや、詮索するのはよそう)

 ディーナが正面を向き直すと同時に、再びゴルベーザが言った。

「スカルミリョーネ、バルバリシア、ルビカンテ、参れ」

 その声に応えるように、部屋の空気がじりりと変化した。肌を刺す何かの気配にディーナが息を詰める。
 と、床の一部が黒ずみ、まるで沼から這い出すかのように、ずぶりと音を立てて土色のローブを被る人物が突如現れた。ディーナは体が跳ねるのを耐え、不動のまま常識を超えたその登場を見守った。
 ローブの人物が湿った声を発する。

「土のスカルミリョーネ、ここに…」

 続いてつむじ風と炎が巻き起こった。一瞬で膨らんで散ったかと思うと、その場所にはいつの間にか一組の男女の姿があった。赤と白の外套に身を包んだ屈強な大男。そして、肌のほとんどを曝け出した長い髪の女。

「火のルビカンテ、ここに」
「風のバルバリシア、ここに」

 それぞれ名乗りまで終え、三人がゴルベーザたちの元に近づいた。ディーナがぐっと拳を握る。

(これが…魔物…!)
「ゴルベーザ様、船旅お疲れ様でした。こちらは変わりありません」
「あぁ」

 大男がそう言ってディーナを軽く睨みつけた。その視線に気づいたゴルベーザが彼女を前に進ませ、告げる。

「これは私の侍女だ。私の世話を一手に受ける」
「ディーナと申します。よろしくお願いいたします」
「…人間、ですか?」

 ルビカンテの声色が訝しむものになった。

「ゴルベーザ様。一見したところ、彼女は何の能力も持たないただの人間のようですが。そのような者を横に置いてよろしいのですか?」
「あぁ。これの度胸はその辺の魔物より据わっている。私の信頼を与えるに相応しい女よ」
(!)

 ぴくりとディーナが揺れた。一瞬で目頭が熱くなった。

「ならば、よいのですが」

 ルビカンテが納得した様子で引いた。代わりにバルバリシアが長い髪を揺らしてディーナの目の前までやって来る。ディーナは彼女のほとんど裸に近い服装に動揺し、真っ赤になってうつむいてしまった。彼女はほほほと上品な笑い声を上げる。

「ディーナと言ったな。顔を見せてみなさい」
「は、はい」

 見合ったバルバリシアの瞳がすうと細まった。

「ゴルベーザ様のお言葉を疑うつもりはないが…少しでも謀反の気配を見せれば、このバルバリシアがお前の身体を切り刻むと覚えておくことね」
「はい…承知しました」

 その言葉を受けたディーナの眼差しは、すでに羞恥に対する戸惑いを捨て、真摯なものへと変わっていた。バルバリシアは満足そうに口の端を上げ、ふわりと浮き上がって元の位置へ戻っていった。
 あとの二人は言うことも無いらしい。短い沈黙の後、ゴルベーザの声で解散となった。
 思わずため息をついたディーナに彼が呼びかける。

「分かっているだろうが、この塔に人間はほとんどいない」
「はい…」
「自然、瘴気も強まる。当てられぬよう気を抜くな」
「かしこまりました。お気遣い、恐れ入ります」

 何か考え事を始めたのか、そのまま黙った彼の横でディーナは口元が緩むのを必死に抑えていた。
 "信頼"。初めて賜った言葉だった。それも、第三者に向かって発せられた。もちろん直接言われるのが一番嬉しいが、主人以外の人物に"彼が重用する侍女"と認識されるのもこの上ない喜びがあった。

(ご期待に応えられるよう、頑張ろう。やっぱり、顧みてもらえるのは幸せなことだわ…生きているって実感出来るもの…)

 新しい環境にもすぐ適応出来る。彼女はほとんど確信しながらそっと両目を閉じた。






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