近距離恋愛の話





繋いだ手が固いだとか、並んだときに身長があ まり変わらないだとか、守りたいって思っても 意外とその必要はないだとか、そんなことはわ りかしどうでもよくて。

告白は確か、伊月からだった。

東京に向かう新幹線の中はエアコンがよく効い ていて涼しい。寧ろ少し寒いくらいで、上着 持ってくればよかった、と、過ぎる景色を眺め ながら思う。

告白は伊月からだった。

何度か行った遠征で仲良くなり、そして、アド レスを交換した。会えない間はちょこちょこ、 お互いにメールには積極的な方ではないが、何 か教えたい、と思うようなことがあれば、なん となく相手にメールを打っていた。 そのあとも、遠征で会うたびになんとなく一緒 にいたり、開いた時間はお互いの評価をした り、バスケの話で盛り上がったり。伊月はバス ケのことになると誰よりも真剣で、年上の福井 にだって遠慮などしない。そんな後輩と先輩の 距離感がいやに心地よかった。

いつだったか、伊月は、福井と話すその通話 で、「先輩がいたらこんなかな」なんて溢し た。

福井も、お前みたいな後輩なら可愛がりがいも あるのに、なんて軽口を返す。

そんな後輩だけど、まぁ、嫌いではないんだ ぜ。と付け加えたのは本心だった。

そんな風に過ごしているうちに、つい、伊月を 探すようになった。いつのまにか、何かあれば 伊月、と考えるようになった。 そんな折のこと、 暫く途絶えていた伊月からのメールに、携帯が 震動した。

福井さん、好きです。

あ、と、なんだか妙に納得した。

そんなこと言ってたら本気にするぞ。

福井自身でもなんでこう返したのかわからな い。でも、この時は確実に伊月を好きだと思っ ての返信だった。

暫くして、また、携帯が震動した。

本気にしてください。

絵文字も顔文字もない。 元々それほど使うやつではなかったが、それが 妙に浮き立つ文章で、何故だか、伊月の顔が見 えるような。

俺もお前が好きだ。

気づいたらそう返信していた。

あれから、随分日にちが経つ。 どういうわけだか嫌に東京への遠征から離れる 週末で、伊月に会いたい。 気持ちが通じたと、両想いだと思えば思うほど 伊月に会いたくなった。

そして、今日。 全くのプライベートで、福井は伊月に会いに東 京に出てきた。

東京に近づいていくに連れて、景色が全く違う ものに変わっていく。 山や田んぼの多かった秋田の景色が、東京のビ ル群に染められていく。

東京に行く。 どうしようもなく、それを実感していた。

もうすぐ伊月に会える。

女々しくて、どうしようもない。 自分がこんなに一人に夢中になるとは思っても いなかった。

想いが通じあって、初めて会う恋人。

自分は、ちゃんと恋人の理想に近づけるだろう か。

気持ちが急いている。 そんなこと、気がついていた。

伊月を想う新幹線の時間も終わり、車体は大き な駅のホームに滑り込む。

さぁ、東京だと気を取り直し、長いエスカレー ターを降りると、沢山の人に埋もれるようにし て、しかし、少しだけ飛び出る黒髪の頭頂。

人の隙間から覗いて、福井を見つけた鷲の目が 綻んだ。

久しぶりに会った伊月は少し細くなったように 感じた。 おいおい大丈夫かよ、と内心バスケの方が心配 になり、まぁ、素人じゃないからそれなりに、 対策はしてあるだろうと小さなため息をつく。 伊月は元来のクールな性格に表情に出にくいこ ともあり自分の努力を巧妙に隠す。特に、福井 には知られたくないとでも思っているのか、 ゲームメイクやプレイのアドバイスはするし次 に見たときには克服されていることが多いにも かかわらず、何をしている、なんて話は全くし ない。

どこか行きたいところとかあります? とあざとく首を傾げて見上げてくる顔にはいつ も不安が付きまとう。

別に、お前に会いに来ただけだしなぁと漏らす と、ぽやっと頬を赤く染めた。

こんな表情見るの初めてだ。

「それじゃあ、ちょっと歩きましょうか…」 「ん」

そそくさと染まった顔でも隠すように、伊月は 福井の前に立って歩き始める。先程の顔がみら れないのは些か残念だが、今はこうして、後ろ から見る伊月の姿を記憶に焼き付けておこう。

持ってきた大きな荷物を駅のコインロッカーに 預け、暫く駅の周辺を歩くことにした。 何度かテレビで見たことがある建物や、飲食 店。同じ日本だと言うのに秋田とは全く雰囲気 が違う。部活の遠征なんかでよく東京には来る が、こんな風にゆっくりと見て回る時間なんか ない。物珍しげになるのを止められず、しか し、伊月もそんな福井を案内しながらよく笑っ ていた。

やがて、お昼もとっておやつの時間に差し掛か る頃。

伊月の様子がおかしくなった。 時折視線を下ろしたり、福井の言っていること に上の空だったり。 律儀な後輩であるだけに、こんなことは珍し い。 心なしか顔色も悪く見える。

人酔いでもしたか。

何度か聞いたことがある。人酔いは、普通なら 室内で多くの人がいるような場所で起こる。 人の臭いや気配、音などがその原因らしい。

しかし、伊月は違う。いや、違うというのは語 弊があるが、伊月も同じように室内での人酔い もあるのだそうだが、彼の場合特殊なのがその 目だ。

鷲の目。

誠凛でも重宝されるそれは、俯瞰で見える、と いう特性をもつ。それは脳の処理能力の問題ら しく、遠くの風景などが見えるわけではなく、 視界の端を通った建物や人、ものなどの動きを 計算で捉え、どういう風に動いているのかを予 測する。

これは意識して行うこともできるらしいが、見 えているもの。つまり、無意識に行ってしまう ことも多い。 それが人の多い場所となるとそれこそ、視界の 中のものが、ひっきりなしに動くという現象を 目の当たりにすることになる。

考えるだけでも気持ち悪くなる。

「伊月、都会って凄いけど、もの多くて少し疲 れる。この近くにどっか静かなとことかねぇ の?」 「え、ぁ…そこ、ちょっと行ったとこにマジバ が…」

話を振ると、伊月はあ、と青い顔をあげた。

おい。 大丈夫か。

伊月には席を取っておくように言い付け、自分 はレジに並ぶ。伊月に何がいいかと聞くと、 真っ青な顔でアイスコーヒーを、とだけ答え た。 具合の悪さで他のことに思考が回らないのだろ う、いつもの遠慮がステータスのような伊月の いいです、俺が出します、が来ない。

やっぱりしんどいんじゃねぇか、と福井はため 息をついた。











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