ただそれだけの話



俺にとってその人は、尊敬に値する人だった。ただそれだけの話。



月に一度、第二日曜に設定されるようになった海常と誠凛の合同練習。電車で一時間弱の距離ならば、神奈川と東京、県境を跨ぐと言えどそれほど苦でもない。会場に関しては交互に、という誠凛の監督の申し出で、4回目を迎える今回は誠凛高校で練習となっている。
たかが練習の為に一時間かける、となるとそれなりに億劫だけど、練習内容といては確実且つ参考にも牽制にもなるというし、それどころか、神奈川県の高校生である海常の生徒としては、都内に出てくる口実があると言うだけで幾分かテンションが上がるもので、同級生も上級生もどこかそわそわしている。

東京に出てくることに慣れた俺にしちゃあ、その一時間すらそれほどの時間ではないし、けど、恋人が目的地にいる身としてはその一時間はかなりの長距離となるわけで。

「早く会いたいっスね…」

レギュラーと二軍、監督だけで揺られる電車の中、思わず口をついて出てしまったまるで夢のような言葉を耳ざとく聞き付けた森山先輩がにやにやしながら寄ってくる。
浮かれてんじゃねぇぞ、と笠松先輩の声。

そもそもがモデルをやっている手前、演技が得意な筈の俺はその演技力も信頼を置いているレギュラー陣にたいしては発揮されなかったようで、不覚にもその恋人が誠凛にいることがこの合同練習の第一回目にばれてしまった。
しかし、男が好きとわかっても尚、暖かく迎えてくれるこのチームが好きだ。

「そう言えば今日は11月10日か」

不意に隣で揺られていた小堀先輩が呟いた。先輩を振り返り、その視線の先を追ってみると、小さなモニターに有名なお菓子メーカーのCM。
そう!と、小堀の横に立っていた森山先輩が熱っぽく声を上げた。

ポッキーゲームがどうだ、女の子がどうだ、語る先輩は安定で、周りが苦笑を浮かべているのに乗じて自分も苦笑しておく。森山は?と相手をしてあげてる小堀先輩は優しい。俺ならほっておく。勿論返事は彼女ほしい!という言葉に尽きたみたいだけど。



午前の練習を精一杯にこなし、軽いミーティングの後先輩たちに許可を得て誠凛の恋人の元へ向かう。
一旦別行動となっていた誠凛の、丁度そちらもミーティングが終わったらしい集団の中に、その人はいた。

「伊月さん!」

声をかけると、黒子っちと話すために少し下げていた視線をあげる。俺に気づいたその人は、少し待って、と形のいい唇と手で示し、黒子っちに二言三言。
黒子っちに向けられた、自分には向けられたことがない表情に少しどきどきする。

話もやっと終わったのか、荷物を持ってチームメイトに軽く手を振る姿を見ながら、なんとなくそわそわしていた気分がやっと自分の恋人なんだと自覚して、今度は気持ちが溢れ出しそうだ。
いつになればこの感覚に慣れるんだろう。

「悪い、待たせた」

行こうか、と示す先は前回案内してくれた穴場スポットで、そこならあまり人目に触れない。
合同練習であり、周囲に認められているとは言えライバル校同士が個人的に一緒にいるのは不味いだろうと、誠凛の集まっている所にも海常が集まっている所も見えない。

少し秋の風が冷たくなってきたが、日の当たる、暖かい穴場。

他愛もない話をしながら昼食を食べ進め、伊月さんが出したそれは、先ほど買うかどうかで迷っていたものだった。
ポッキーの日効果で売れると見込まれたそれは、来る途中のコンビニで安くなっていて、折角だから乗るかともおもったが元々買わなくていいものだしと買うのをやめた。

俺に一言、黄瀬って甘いもの平気だっけ?と伊月さんに聞かれて、平気っスけど、と返すとじゃあこれやる、と一袋渡された。

「…これ、どうしたんスか?」
「途中のコンビニ。なんか安くなってたみたいだから折角だし」

伊月さんは付き合い始めた頃、鞄から出てきた大量のお菓子を見て思わずこの俺が、女子力の塊だとまで笠松さんに言われるこの俺が、女子っスか、と突っ込んだこともあるくらいの甘党だ。飴玉常に常備しているらしい。

「因みになんで安くなってたのかは…」
「知らないけど。なんで?」

もっもっもっ、と、一人次々と新しいポッキーを出してもくもくと食べる伊月さんになんでこの人こんな可愛いんだろうとどこかこどもを見ているような気分になる。

「明日、ポッキーの日らしいスよ」
「………なるほど」

口にくわえていたそれを、ぱきりと折って伊月さんはしげしげとそれを見つめ、何事もなかったかのようにぽりぽりとそれを食べてしまう。
細長いとは言え、15pほどしかないそれは、あっという間に口の中に消えた。

「ポッキーの日と言えばポッキーゲームスけど」
「ああ、よく言うよな」

伊月さんが次のポッキーに手を伸ばしたのを見て、自分も彼に貰ったポッキーの袋を開ける。

「昔、キセキでやったんスけど、正直よくわかんなかったっス」
「ふーん」

キスしそうな距離なら撮影で何度か経験してるし、と言えば、なるほどね、と伊月さんが頷く。

「なーんであんなに騒げるんスかね?」
「んー………黄瀬」

呼ばわれて振り向くと、ずいとポッキーの端がこちらに向いていた。
危ない、と少し距離を取るとそのポッキーの反対側を恋人がくわえている。
思わずえ、と声が漏れた。

「ひへ、ほは」
「えっ、伊月さん!?」

聞き返すと、ぴこぴこと伊月さんが唇の先でポッキーを上下に揺らす。

くわえろと!?

声にはならなかった。が、表情で伝わったと判断したのか、伊月さんの表情が満面の笑顔になり、そして、俺を待ってるかのように目を閉じた。

ずるい。

俺が伊月さんの事を好きなの知ってるくせに。

ずるい。

さっきのように急かしたりしない。
ただ静かに、俺が触れるのを待つようなそれに、静かに口付ける。

さく、と口の中で、クッキーが砕ける音がする。
さく、さく。
伊月さんはただ待つ。それだけ。

何度も唇を合わせたのに、なんだか、少しずつ近づいていく大好きな人の顔を見ていられなくなって、ぎゅうと目を閉じる。

唇と舌だけが、恋人と繋がるそれを手繰り寄せる。

やがて、唇に伊月さんの吐息を感じた。

さくりともうひとつ。
食べ進めると、伊月さんの唇に当たった。

唇離す。
目を開いてみると、照れたように笑う恋人と目が合う。

伊月さんの唇が、最後のポッキーを噛んで、しゃくりと音がした。

「………どう?黄瀬」

楽しそうに、楽しそうに。

「降参ッスわ」

くすくすと身体を揺らす、恋人の肩に熱く熱を持った額を埋めた。



俺がその人を好き。
ただそれだけの話。


あとがき

さっさとリクエストを上げろって、
言ってやってください。
ポッキーの日の黄月でした。
初。しかし、黄瀬が思ったよりも自由に動いてくれて助かりました。
久しぶりにこんなにのって描いた気がします。






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