幸せになるんだ





好きだけど、付き合えない。

ごめん。


そう呟くように伝えたあの日のことは、まるで何かの呪いのように俺の心に突き刺さって、
未だに癒えない所か、今も俺の身体を蝕んでいる。

あの日から、もう7年が経つ。

今年はとうとうアラサーかなんて考えたら、職場の2つ上の先輩にはたかれた。優しげな雰囲気の、たまに一緒に馬鹿もする先輩だ。

たまたま着けたテレビで黄瀬が映画に出演することがわかった。おい先輩様に報告は、と笠松に愚痴ると俺は聞いてたけど、と当たり前のように返された。
そりゃそうだまだ付き合っているのだから。
7年。よく続いてるな、と思う。

去年は後輩の早川が結婚した。
世話を焼きたくなるタイプらしく、お相手は職場の3つ年上の先輩だそうだ。結婚式で見た彼女はなるほど早川にお似合いだった。それまで世話を焼いていた中村が寂しそうにしてるのをからかうと、そんなんじゃありません!と強気が返ってきてまた笑った。

俺はというと2人3人彼女がいなかったことはないが結局別れてしまった。
高3のあの頃が懐かしくて仕方ない。
そして、どうしても、忘れられない人がいた。
あれから結局、俺たちは親友のままだ。

黄瀬の映画の件を愚痴ったその電話で、笠松が丁度いい、と呟いた。

「なんのことだ?」
「明日の夜あたり空いてるか」

聞き返しても返事はなく、明日の予定を訊かれる。
ないけど、と言うとじゃあ明日飲もう、その時に話す。と電話は切られた。

断る理由はないがちょっと唐突すぎやしないか笠松よ。

それから少しして、待ち合わせのメールが届いた。



待ち合わせに指定されたその店は俺たちの行き着け。めったに会うこともなくなったがそのたまの機会にこの店を使う。海常の近くに集まる時、例えば、試合の観戦や同窓会の前のちょっとの時間なら懐かしいカフェを待ち合わせにする。でも午前中から夕方にかけてオープンしているカフェでは飲みには向かない。
夫婦にはすっかり顔を覚えられてしまっていたが。
中に入ると新しい顔馴染みとなった店員は、待ち合わせの確認をすると俺を奥の座敷へと案内した。

「お待たせ〜」

ひょい、と襖で区切られた個室をのぞき込むと、ひさしぶりに会った笠松と、小堀。

おう、と笠松が横を叩いて俺を促す。大丈夫、と心の中で唱えながら、小堀の前に座った。

「黄瀬も来るから先頼んじまおう」

とりあえずビールでいいなと念を押して、つまみの一品料理を細々と頼んでいく。
これは俺たちの常だったりするから笠松男前。

なんか食いたいのあるかと訊かれて2人揃って首を横に振った。

「お待たせしました〜」

久しぶりの再会話に花を咲かせ、まだ2杯目ビールが空かないうちに黄瀬がやってきた。
いそいそと小堀の横に黄瀬が入り込む。

黄瀬が席に着いてから、笠松が酔う前に言わないとな、とグラスを置いて姿勢を正した。俺も小堀も雰囲気につられて姿勢を正す。黄瀬も試合の時位しか見たことのない真剣な顔で小堀の横に座る。

「いきなりだが…森山、小堀。俺たち結婚したんだ」

思考が停止した。

「もうお互いの両親にも話してある」
「え、でも結婚って…」
「一応、お互いに認めれば書類上では無理でも結婚したことにはなるので」

小堀がなんとか声にした言葉を遠くで聞いた。

けっこん

思いも寄らない、報告だった。

「そ、そうか!よかったな!」

勢いで声にした言葉は意外と大きかった。小堀がなんとも言えない表情で俺を見る。

なんだよそんな顔で俺を見るな。

ああ、と笠松が笑った。
祝福してくれるんスね、と黄瀬も笑う。

左手の薬指にシンプルな指輪がついていることに気がついた。

ここで祝福しなくてどうする。俺はこの2人を応援したんだ。応援してるんだ。
きっと、俺には怖くてできなかったことでもこの2人ならきっと。

「じゃあ今日は祝い酒だな!飲むぞ!!」

俺は心の奥底に蟠っているなにかに気づかないふりをして、半分ほど飲んだビールのグラスを掲げた。



「いや〜よかったなぁ!」

夜中。
笠松と黄瀬は2人で帰るらしく、2人と別れて小堀と帰り道を歩く。
まだ春前の肌寒い季節でも酒を多めに入れた体はちょうどよく暖かい。
少し遅れて歩く小堀もだな、と苦笑した。

「よかったなぁ……幸せになるんだな…」

ずずっ
鼻を啜る。酒を入れて少し涙腺が緩んでいるらしい。夜景がぼやける。

森山、と、小堀が呼んだ。

振り返ると全く酔った気配のない、真剣な表情の小堀の視線に捕まった。

「森山、好きだ」

お前が好きだと小堀はもう一度繰り返す。

「な…、に…」

都合のいい夢だと思った。
酔ってるから。
好きだから。
これはきっと、俺が作り出した幻だ。


けれど、幻の小堀は、ずんずんと俺に近づいてきた。
それを止める暇もないまま、俺の視界は真っ黒に染められる。
抱きしめられたと気づいたのは、背中に回った腕に力が込められてからだった。

「森山…好きだ。今も変わらず好き。これだけじゃ、証明にならないか?俺がお前以外だと駄目だっていう証明に。森山の事が誰よりも好きで、森山以外なんて考えられない」

ねぇ森山。と小堀が言った。
答えて、と俺に縋った。

俺がまだ、小堀のことを好きかなんて確証がないのに、それでも必死に想いを伝えてくる。俺を包み込む腕は、俺のことが好きだと。暖かさが、これは現実だと。

「ごめんな…小堀」

気づいたら、7年前と同じ言葉を口にしていた。呪いのように心臓に刻まれて、脈打つ度に死ぬほど後悔したというのに。
びくりと小堀の腕に力が籠もった。

「ごめん、待たせて、ごめん…」

好きだよ

と。

俺も、小堀の背中に腕を回した。部活を止めたというのに、小堀の身体は相変わらずがっしりとでかい。

ぎゅぅ、と苦しい位に抱き締められる。森山、と俺を呼ぶ声が震えていた。

泣くなよ、なんて笑い飛ばせない。泣かせたのは俺だ。

「小堀、顔見せて」
俺の肩に埋められた小堀の顔を上げさせる。なんとも情けない顔をしていた。

ごめん、

もう一回、伝えた。
頑張って口元に笑みを貼り付けたが、うまく笑えたかな。

好き、

想いを紡げば、小堀が俺の身体を引き寄せた。

「こぼ…っ」

俺たちは、二回目のキスをした。






あとがき

やっと幸せにしてあげられました!
やっぱり幸せじゃないとね!
まぁ正直もっと詰めないといけないとことか気になる所とかありますが、まぁこれはこれでありってことで。




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