幸せなこと
通じ合っていた筈の長年の想いを再確認したその次の日。
俺の携帯には恋人となった森山からのメールが届いていた。
昨日の夜、寝る前にあった慣れてない感じの残るおやすみの電話とか、ああやっと恋人になったって実感は意外とそんな森山の初々しい反応から湧いてきた。
明日、出かけないかと提案した昨日の電話。それはデートかとどもった森山は最高に可愛いかった。
照れた様子で承諾してくれた森山に愛しさが止まらない。
こんな幸せなことがあるだろうか。
そんなことを思いながら携帯を操作してメールを開く。
「……え、」
「……は?」
メールを見て、会社が終わってから森山の家を訪れれば間抜けに気の抜けた顔が俺を出迎えた。
当たり前だ。森山は今日は会うことはないと思っていただろうから。
「なんで来てんのお前…」
「森山が心配で」
顔を合わせた森山は、なるほど頬を不自然に赤くして風邪をひいているようだった。
おはよう。悪い、小堀。風邪ひいた。少し遅くなるかも
今日の朝届いたメールの内容はそんなもので、微かに無理してでも来るつもりらしい森山を制して、今日のデートは反故となった。
即電話した時はかなり辛そうでデートなどせずに治すべきだと。
だというのに、ある程度外に出られるような格好をしているのは何事かと見れば、廊下の端に洗濯物を入れた籠がおいてある。
「…森山?」
「こ、ぼり…」
森山の視線が泳ぐ。
「休んでろ」
にこりと笑顔を向ければ、森山はなんとも言えない表情をした。
「んでなんでお前は起きてんの」
ワンルームの部屋の、ベッドに潜り込んでいる森山に声をかけると、その、と言い訳の声が小さく聞こえた。
「だって…せっかく家のことができる機会だし」
「お前は自分が病人だという自覚があるのか」
せっかく休む為にデートをなしにしたというのに本末転倒だ。
ん、と渡して置いた体温計を森山から受け取る。38.0℃。まだ少し熱があるか。
夜だから少し上がっていることもあるだろうが結構高い。昼間などなら恐らく微熱位に下がっていた可能性がある。それを大丈夫だと判断したのか。
「休め」
ぺちんとベッドに座った森山の額に冷えピタの替えを張ってやると、森山はくぅ、と冷たさに声を漏らした。
それでも気持ちよさそうな反応をしたのには、やっぱりそれなりに体温も高いのだろう。
「お前!もっとゆっくりとだな!」
「知らない。人の言うことを聞かない悪い子にはこれで十分。…食欲は?」
「……ない」
「雑炊作るな」
ないって言ってるのに。と言うが、それでも何か食べないとと言って市販の風邪薬を森山に投げる。あわあわと受け取って森山は渋い顔をした。だだっ子か。
さて、と袖を捲る。
雑炊ができた頃合い。森山は小さく寝息を起てていた。
かなり頭痛があったらしく、始めは眠れないでいたのを想うとせっかく寝付いたのに、起こすのは忍びない。
結局そこで起こすのは諦めて、暫く森山の寝顔でも見ていることにした。
女の子女の子と騒ぐ森山は、その中身に反してそれなりに造形がいい。女の子に騒がれるタイプの容姿をしているのに、その中身で大抵が痛い目を見る。
結局の所、その辺で出会う女の子に森山の良さなど判らないのだ。長年一緒にいたからこそ、森山のことが好きになった。
森山に触りたいと思い出したのがいつの頃からかなど覚えてもいない。いつの間にか、森山を好きなことが当たり前になっていた。
森山に笑顔でいて欲しかった。いつだって、森山の表情を崩すのは俺が良かった。
森山を捕まえて、ナンパなんかできなくしてしまいたかった。
俺がいるじゃないかと言えたらどんなに。嬉しいことか。
そんなことを思う位には森山が好きだ。
眠る森山の頬に指を這わせる。まだ不自然な暖かさは残ったまま。しかし表情は随分と和らいだ。
ふわふわと気持ちのいい夢の中に、森山の声が小堀と呼ぶ。
身体を揺すられて、意識が浮上した。
「もり、やま…?」
「やっと起きた。小堀まで風邪ひいたらそれこそ本末転倒だろ。こんなとこで寝るな」
「悪い」
時計を見れば、10時を回ったあたりで、恐らく眠っていた時間は30分から1時間ほど。風邪をひくほどではないが用心に越したことはない。明日は会社は休みだが、体調を崩せばその分取り戻すのが億劫になる。
「あ、雑炊できてるぞ。温めてくるな」
「…ありがとう」
しおらしく感謝を示す森山に珍しい、と零せばまたちょっと怒られた。こんなやりとりができるのがまた楽しい。
「はい、森山」
「小堀……お前…」
森山は不機嫌というか、唖然というか呆れたような表情を全面に押し出して、小堀を凝視してきた。当たり前だ。小堀自身さすがにこれはないかなと思っている。
誰が好き好んで成人してる男性にあーんをさせると言うのか。この表情がまた可愛くてしているだけだが。
「これくらい1人で食べれる!」
「まぁまぁ、ほら」
あーん、と自分で言いながらもやっぱりにやける。どうしても嫌だと拒否されると分かっていても。
「〜〜〜〜〜ッ!」
拒否されると、思っていたのに。森山は赤い顔でぱくんと小堀の持つスプーンをくわえた。
こればっかりは小堀も予想外で、え、と思わず声が出た。
赤く顔を染めて、もうしないからなっと視線を逸らして咀嚼する森山の可愛いこと。
勘弁してよ、と小堀は思いながら、まだやりたい、と思わないでもないが自分も限界がくると判断して大人しく残りを森山に渡した。
「じゃあ、俺帰るな」
「え」
大体の森山の身の回りのことを済ませて、そう切り出せば森山は、声を漏らした。
「もう大丈夫だろ?」
「…泊まってけば?」
もう0時を回る。
それを考えての提案だろうが、これを言ってはなんだが小堀の方が無理だと判断した。
でも、と言い募ろうとした所で、身体を起こした森山が小堀のスーツの裾を掴んだ。
「…泊まってってよ」
ああもう。
そんな顔で言われたら。
「…仕方ないな」
今夜は理性を総動員させる必要があるようです。
あとがき
続いたw続きにする必要なかったともおもう…
なんか違う感が凄いです。