きみとふたり







付き合い始めてかもう一月がたつ。

付き合い始めた次の日に風邪をひいて、折角のデートの約束がなくなったりして、正直気落ちした。その日のうちに小堀が来たのは計算外で、止まっていってくれたのは嬉しい誤算だった。

どうしよう、幸せすぎる。

しかしそうなってくると、次に立ち塞がるのは、こらえようのない不安だ。



時間は11時を回っていた。
出世コースに順調に乗っている小堀は、数ヶ月に一回、酷く忙しくなるらしい。今は丁度そういった時期で、明日から遅くなるからと一応話には聞いている。
一緒にいられる時間が少なくなるからと、忙しくなるその前の日から小堀は自分の着替えその他を森山の家に持ち込んで現在半同棲状態だ。

小堀の帰りを待つ今の時間が、一番楽しみで、寂しい時間だ。

「ただいま…」

カチャリと渡しておいた合鍵を使って帰ってきた小堀からは、疲れたため息も同時に聞こえる。

おかえり、と声をかけながら玄関に出迎えるが、夕飯も風呂もいらないと言う。
眠りたいのだと。

森山、と、部屋着に着替えた小堀が甘えた声で呼んだ。

本当は、小堀の身体のことを考えると夕飯も風呂も入れた方がいいのだが、今下手に世話をやくとどっかで倒れて、行き倒れの如く眠ってしまいそうだった。
仕方ないな、と、小堀に手を引かれるまま、ベッドに潜り込み、大人しく抱き枕にされる。

こんなとき、小堀はおやすみ3秒。布団に入ってしまうと堪えようがないらしい。
すぐに寝息が聞こえてくる。

最近の小堀はいつもこんな感じだ。
へとへとになって帰ってきてはそのまま
夕飯も風呂もはいらずに森山を抱いて眠る。次の日の朝は 5時前後に起きてシャワーをあび、前の日の夕飯にと森山が作ったご飯を食べ、起きたばかりの森山に見送られて出勤。
これでは一緒に住んでいなくてもあまり変わらないような気がしないでもない。

また、明日は森山が寝ている間に準備して出ていくのだろう。

ぎゅうと強く森山を抱き締めている小堀の顔を見上げると、微かに目元が黒い。
大分疲れているらしい。

はぁ、と、森山は大きなため息をつき、朝シャワーを浴びたっきりの色濃い小堀の匂いに包まれて、眠りに落ちた。




「え、してないんスか!?」
「おう」
「何も!?」
「何も」

そんな生活が一週間ほど続いたころ。

森山は幸せ絶頂の某モデルをお茶に呼びだした。ここ最近のことを訊かれて、素直に答えてやれば、信じられないという顔をした。
俺らでももうすこし、と呟くイケメンに正拳入れてやろうかなどと相手は映画撮影最中のはずなのに物騒なことを考えてしまう。

「ていうか!」
「お、おう」

急にトーンを上げて、反対側の席から身を乗り出してきた黄瀬を、落ち着けと言いながら手で制す。それなりに人の多いこの場所で、今、黄瀬を意識させるわけにはいかない。
昔のただのモデルだった時期とは状況が違うのだ。何かあって悩みを聞いて貰えないのも困る。

「森山先輩は、平気なんスか」
「いやー、それがな……困ってる」
「デスヨネー」

視線を明後日にさ迷わせた黄瀬は大体そんなことだろうと困ったように笑う。

「あ、性的な意味じゃなくてだな」
「あれ、そうなんスか?」

きょとんとする黄瀬に今までが今までだから、と言うと妙に納得された。笠松が話してたのか、黄瀬が自分で察したのか、それは謎だが、いづれにしても気まずい。

「辛いんだよ」
「は?」
「辛いの」

一緒に眠ったはずなのに起きたら小堀がいないことが。
ぎゅうと強く抱き締めていたのに、小堀は起きるといない。それが、妙に寂しさを助長させる。
小堀と話をする暇もない。
これでは、一緒にいない方が寧ろ楽かもしれない。
それぞれの生活を把握していない方が。
全く話をする機会がないというのに、小堀からくるメールは元々短い方だと分かっていても、さみしいし。

はぁ、と大きなため息をつき、森山はテーブルに沈む。後輩にこんなことを暴露しているのも恥ずかしいのか微かに耳が赤くなっていた。

そんな森山を見ながら、黄瀬はあれ、と思った。単純なことだが。

「森山先輩、それ小堀先輩に言ったんすか?」
「言えるわけないだろ」

腕の隙間から睨まれたが、涙のが浮かんだ赤い目では、苦笑する他ない。
どうしてですか、と。

「だって、嫌われたくないだろ」
「は?」
「俺と付き合って、重いやつだって思われたくない」

仕事と私、どっちが大切なの、なんて俺は言われたくない。どっちだって大切だし、恋人といるために仕事をしてたりもする。それなのに、その2つを天秤にかけさせるなんて、なんという拷問だ。
そんなの、言われて嬉しくなんかない。
自分が言うなんて考えるのも嫌だ。
小堀だってきっと幻滅する。
昔、高校の頃。小堀が半年付き合っていた彼女と別れた。その理由を訊くと、彼女にチームメイトや、バスケの事を言われたのだと言う。その話を知っているから、余計にそんなことは言えない。
言うのはこわい。
それは、好きになって、付き合い始めたからこその不安だ。

「どっちが大切なの、じゃなくて、暇になったらもっと構ってって約束して貰えばいんスよ」

簡単でしょ、と黄瀬が言う。その簡単なことが出来れば苦労もなこの悩みもないのだ。

「お前な…」

そんな簡単に、と言おうとした口を指先で止められた。

「そんなこと言わず、試してみてくださいよ」

に、と笑うイケメン。
まぁアドバイスは貰ったから正拳はなしとして。
とりあえず、そのイケメンな行動と顔にムカついたから裏拳を見舞ってやった。



その日も、小堀から遅くなると連絡があった。
作っておいた夕食にラップをかけながら、黄瀬が言っていたことを思い出す。

(…暇になったら、か…)

そんな都合のいい。
そんな自分から誘うようなこと、可愛い女の子でもない自分が言ったところで効果があるのだろうか?
ただ気持ち悪いだけじゃないだろうか。

「…」

やっぱりやめようか。
だけど。

「小堀、俺…」

やっぱり無理だ。無理がある。
はぁ、と森山は重いため息を吐いた。
自分の思考に夢中になって、周りの音になんか気を配ってやれない。

「…、もっと構って欲しい」

「森山?」

呟いた瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。え、と思考が止まる。
だってそれは、一番聞きたかった声で、でも、今一番聞きたくなかった声だったから。

ぎぎぎ、とまるでからくり人形のような緩慢な動きで玄関の方をみやると、そこにいたのはやはり、今だけはいてほしくなかったその人。

「な、なななな」
「え…っと…、作業が粗方終わって、もう帰っていいって……」

ただいま、と苦笑する小堀に森山は言葉なんか出ない。
真っ赤になって、つい呟いてしまったあのときの自分を呪いたいと頭を抱える。

赤くなった顔を見られたくなくて、その場に蹲れば、小堀がすたすたとやって来て森山の前で足を止める。
どきどきと心臓が激しい音を起てる。
小堀が近づいたような気がして、少し顔をあげてみると、小堀は森山の耳元で、彼を呼んだ。

「森山、……寂しかったの?」

その言葉に、かああああっと顔が熱くなる。なんてことを言うんだ。もう熱くなんかならないと思うくらい熱かったというのに。

「もっと構って欲しかった?一緒にいたいって思ってた?」

そうやっち囁かれる言葉たちは全部が当たっていて、もう森山の頭はショートするんじゃないかと。

「ねぇ、森山、ホントに?」

「も、煩い、馬鹿小堀!!」

顔を上げて、右手を振りかぶるが、それも止められた。
涙目になっているのか、小堀の顔がちょっとだけぼやけてみえる。

だけど、左手で森山の腕を掴む小堀の顔は、今まで見たことがないくらい、幸せそうに笑っていた。その笑顔に、毒気が抜かれる位。
そんな表情を、自分がさせたのかと。
あんな我が儘な言葉で。

「こぼ」

り。名前を呼ぶ前に口を封じられた。
ぎゅうと強く抱き締められて、何がなんだか分からなくなる。

恐る恐る腕を小堀の背中に回してみると、もぞ、と小堀が動いた。少し身体を離して、小堀の顔が近づいてくるのに思わずきゅっと目を閉じた。
くすりと小さく聞こえた笑い声。
続いて、額に感触。

驚いて目をあげると、小堀が苦笑していた。

「森山、俺も寂しかった」

そう言って笑う小堀。
床に尻餅をついて、森山を抱き抱えて。

「…………恥ずかしい奴」

森山が、赤い顔を隠すようにそっぽを向くと小堀が森山の背中に回していた腕に力を込めた。
バランスを崩した森山は、思わず小堀の胸に寄りかかるようにして倒れ込む。

「森山、明日は久しぶりに休みだからさ
、今日はいっぱい構ってやるからな」
「え、な……っ!?」

耳元で告げられた言葉に顔が熱くなる。
構うってそんないったってつまりどこからどこまで!?

期待するやら恥ずかしいやら。
森山は真っ赤な顔でショートしそうな頭を抱え込んだ。





あとがき

最近私はこのふたりをどうしたいのかわからなくなってきましたよ。
とりあえずこのあとあと一話くらいかきたいなーと企んでます。
ちなみに今回も小堀さんは生殺しなので、次あたり裏かも…?
どうでしょうね(笑)






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