君との約束




るるるるる、もうすぐ電車が来ることを知らせるベルが鳴る。
伊月は重ねていた唇をそっと離す。

目の前にたつ、見上げないと視線を合わせることができない人は、伊月と同じように思ってるのか、ゆっくり、名残惜しそうに離れていった。

もう時間か、なんて言って、またなと宮地は伊月の髪をくしゃくしゃに混ぜた。
黒い学ランの裾を引っ張ると、宮地は困ったように笑う。

仕方ないと分かってるけど、なかなか会えないのは少し寂しい。
このくらいの我が儘を言えるくらいには、心を許してもらえてる。

しゃあないやつ、と頭を撫でていた手が頬に滑ってきて、ちゅ、ともうひとつ唇が重なった。
またな。
調度入ってきた電車に、宮地が乗り込む。

また、今週も宮地に会えない日々に入る。



ふう、と大きなため息ひとつ。
昨日は宮地が帰ったあと夕食が始まる直前に家についた。恐らく、宮地のほうもあまり変わらない位には家についたはずだ。

想いが通じた所でお互い次の日は部活がある。宮地は宮地で受験勉強もある。
そう簡単に長時間一緒にいることはできない。

二階にある部室への階段をかんかんと音をたてながらかけあがり、がちゃりと部室のドアを開ける。と、部屋の一点に何人かの部員が集まっていた。

「おはよー?」

声をかけると集まっている部員たちはびくりと肩を揺らした。

「い、伊月…?」
「うん?」

伊月の姿を認めるとその一団は目に見えて息を抜いた。

「なにやってんのお前ら」
「えー…と」

よくみるとそいつらが囲んでいるのは部室にたったひとつあるブラウン管のテレビ。もともと敵情調査のためにDVDプレイヤーと共に持ち込まれた古いものだ。
確か水戸部のうちにあった番組が映らないものだ。

日向が口元を苦笑いの形に歪めて、きょとんとしている伊月と目が合う。
降旗と水戸部が逃げ出したそうに伊月に視線を投げてきた。
そのとき。

『ぁ…っ、ぁあん…んぅ…っ、』

どこか高くて甘ったるい声が聞こえた。

一瞬思考が停止する、その瞬間、日向に肩を抱かれた。
続いて、木吉も伊月の日向とは反対側の肩に手を置く。

え、と思った刹那、テレビの真ん前に力付くで座らせられた。

目の前のテレビで揺れているのは、目には毒だと言わざる終えない、淫らな女の人の裸体。

「なっ!?」

なんだこれ!?そう叫ぶ直前に両脇の二人が伊月の口を両手でふさいだ。なんなのお前らこう言うときばっかり息ぴったりとか!!
伊月がむぐむぐとふたりが口をふさいだまま訴えるが、そんなの日向と木吉の力に伊月が勝てる訳がない。

目の前のテレビでは今も女の人の体が揺れる。
その甘ったるい、少し泣いているかのようなあえぎ声は、途切れることを知らず。

「…………っ!」

伊月の脳裏に宮地の顔が過り、目の前の画面を見ていられずに目線を外した。

「伊月ー?」
「黙ってるよな…?」

両側から、チームメイトの圧力。
精一杯の恨みを込めて、二人を睨み上げるが、如何せん、真っ赤なその顔では迫力などない。

「お前ら…」

「「な?」」

降旗と水戸部が逃げ出したい気持ちが分かってしまった。

『あっ、ぁあっ…ぁああ…っ、』

高い声が、耳にも目にも痛いのに、それなのに伊月は真っ赤に染まった耳を塞ぐことも目を離すこともできない。画面に釘付けになってしまう。

黒子が俺を労うかのように肩を叩いた。




宮地と付き合いはじめて、ひとつ、季節が過ぎていた。叶わないって思ってた想いが通じて、好きあって。手を繋いで、キスをして。普通の恋人同士みたいに、なんだか甘いような?苦いような、そんなふうに毎日過ごしてた。

宮地と会えるのは決まって週末。
しかも、1日会えるのはお互いの部活がないとき、そしてそれは殆どない。
いつも、少ない時間を縫うようにして会う。

そのたびに、寂しくて仕方なくなる。
それを埋めるみたいに、手を繋いで抱き締めてキスをして。好きだと伝える。
普通よりは遅いかもしれないが順調に進展していって、いつかは自分も、なんて考えるけど。考えるんだけどさ。

正直、自分がこんな風に喘ぐのを想像なんてできなかった。こんな風に好きな人に抱かれて、好きな人に翻弄されて、淫らにしなるなんて想像できない。
体格差的に自分が下だろうとは思ってるが、それでも。

そもそも、宮地は気持ち悪く思わないだろうか。こんな風に喘いで、しなったところで伊月は男だから。
女の子みたいに柔らかくなんかない。
喘いだところで声は男のもので。

触りたくなんかないんじゃないか、そんなマイナスなことばかり考える。

だから、正直尻込みしていた。
宮地は、そう言うことをしたいとは言わない。優しい彼のことだから恐らく伊月に覚悟ができるまで待ってくれているのだろうけれど、それすらも不安の材料にできてしまう。

「伊月?」
「えっ、あ、ごめんなさい!なんですか!?」
「いや…別になんでもないけど…具合でも悪いのか」

心配そうに、宮地が伊月の顔を覗き込んでくる。そんなことない、といいかけて宮地の唇が伊月のそれに重なった。
なにが起こったのか分からないまま、ゆっくりと咥内を動き回る宮地の舌に応える。

は、と唇が放れると、宮地は探るように視線をさ迷わせて、納得したように笑った。

「熱はないみたいだな」
「ばっ!!」

そんなことで測らないでください!と食いつけば悪い、と悪びれずに笑われた。
もう、と膨れた所で宮地は基本的に伊月を拗ねらせることが好きらしい。付き合い初めてもう何度この顔を見たかも分からない。でも、伊月もこんな風に笑う宮地は好きだから、結局は許してしまう。

「それで、どうしたんだ?考え事か?」
「あ…」

こんなことを、宮地に言っても良いのだろうか。宮地とセックスがしたいだとか、宮地が伊月に触ってくれないのは男同士だとやっぱり気持ち悪く思うからなのかだとか。
そんなこと、どの言葉を選んだとしても宮地を傷つけるし、怒らせる。下手をするとこと関係が終わってしまう可能性だってある。終わらせたくなどない。

「…なんでもありませんよ?」

ちょっとだけ、疲れててぼーっとしてます、なんて言って笑って、通じただろうか。宮地は信じただろうか。

そんな風に嘘を案じていると、不意に体が大きく傾いた。
なに、声を出す前に目の前が真っ暗になる。頭の後ろに手が回るのを感じて、ようやく抱き締められているのだと気づいた。

「みや、じ…さん?」
「どうした?」

彼は、優しい声でもう一度同じ問いを伊月に投げた。

「俺に話せ」

辛いのなら、誰にも言えず相談できないのなら。全部俺が受け止めてやるから話せと。そう言っている。
告白したときと。告白されたときと、同じ言葉。

言葉遣いや声は偉そうで不遜なのに、伊月の体を抱き寄せるその腕は強すぎず優しい。
「…っ」

伊月は抱き寄せられた硬い腕に手を添えた。

なんでもないと、もう一度そう言えたらいいのに。こんな風に気持ちを受け取ってしまうと、言葉は出ない。

「ごめんなさい、」

伊月は顔を強く宮地の胸に押し付ける。
潜り込んだ胸元はとくとくと暖かい。

「宮地さんを、信じてないわけじゃないんです。ただ…ただ。」
「あ?」

「ただ、どうして、触ってくれないのかって。俺………気持ち悪いのかって」

「はぁ?」

言葉にすると急に怖さが大きくなって、ぼろぼろとこぼれる涙で宮地のシャツの色が濃くなる。

「だって俺…男ですもん。男だから、可愛い声なんか出ないし、体も女の子みたいに柔らかくなんか」

ああもうなに言ってんだろう。宮地は自分のことを好きだと言ってくれたはずなのに。

「セックスしたいって、おもわ

続く言葉は、宮地の唇に食われた。
はふ、と、唇が離れたすきで息をする。涙が溢れたあとでは鼻がつまって、早く限界がきてしまう。

宮地さん、宮地さん。

どんどんと厚い胸板を叩いて、腕が緩くなったのを見計らって宮地を引き剥がした。

「んぷっ」

大きく深呼吸を繰り返していると今度は宮地の胸のなかに強く抱き込まれた。

「み、みゃーひ、はん?」

伊月の頭を押さえ込む腕から逃げるように顔をあげると、後頭部をぐいと押されて視線が沈む。

「みるな、ばか」

不服そうな声が上から降ってくる。

なんで、そんなに赤くなってるんですか。

そんな質問は野暮だ。伊月も赤くなっているのだからおあいこだと思う。
一瞬顔を上げた時に見えた、宮地の耳まで赤くなった顔が新鮮で、嬉しくて。

「宮地さん。どうして触ってくれないんですか」

たぶん、少し調子に乗って、宮地の胸に顔を埋めた。

横目でちらりと宮地を見上げれば、ひくりと笑った顔が苦笑いの形に固まる。その頬はそれでもまだ赤く、なにかを堪えるかのようにぐしゃぐしゃと彼は頭をかいた。

「………触っていいのか?」

宮地の言葉にぴくりと身体が震える。

触ってください。
声にしたそれは自分でも驚くくらいか細くなった。背中に回っていた腕が、するすると腰を撫でる。宮地の右手が伊月の頬を滑って、唇を合わせた。

「…、宮地さんに、触って欲しいんです」
「……とまんねぇぞ?」
「止めないでください」

あなたが欲しい。

今思えば、なんて大胆な誘い文句だろう。気持ち悪いのではなどと思ってた気持ちはまるで始めからなかったかのように、触って欲しいと。

「……伊月、好きだ」
「俺も、大好きです」

頭の後ろに手が回って、腰を抱き込まれる。
宮地の身体は、大きくて、それほど強くない力なのに、逃げ場などない。

「俺は我慢してたんだからな」

その理性を壊したのはお前だから。

そう言って塞がれた唇。
腰を捕まえていた掌が、ゆっくりと伊月の体を這った。



あとがき

申し訳ないです。
もう少し書く予定だったのですが力尽きました。
ここから裏になんて書きすすめられません。気力持ちませんでした






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