こんなはずじゃ





俺が声もなく宮地さんの背中を見つめていた、その次の日。宮地さんはいつもと変わらず、俺が立つレジに並んだ。
え、ちょっと、気まずいんですけど、なんて、他校の先輩に言えるわけもなく、でも他校だからこそ、文句言っても許されるか、なんて考えている。
当の宮地さんは、俺と話す機会がほしかったらしく、後ろに人が来るたびに先を譲った。

なんで俺が気まずい思いしなくちゃいけないんだ、
なんてその答えは気づいてしまった俺の正直な気持ちに原因がある。

好きな人が失恋で泣いてる所に、居合わせるなんて。なんて気まずい。
彼は俺が彼のことを好きだと気づいていないのだから、俺が気まずい気持ちなんか宮地さんに分かるものか。

そんな思っても言えないようなことを考えながら、俺の前にたった宮地さんを迎える。いつものチョコレートとスポーツドリンク。コーヒーは元カノさんといるときなんかに飲んでいたらしい。

「伊月、昨日は悪かった」
「…いえ、そんな」

教えて貰えて嬉しかった。
でも同時に絶対に叶う望みがない自分の気持ちに気づいてしまった。一瞬とはいえ、喜んでしまった自分がいた。
それを、嫌悪するなというほうが難しいだろう。そんな自己嫌悪も全部、俺には受け入れてしまうしかない。

「また、なにかあったら話して貰えると嬉しいです」

ああ、自分は、違和感なく笑えているだろうか。宮地は疑問に思ったりしないだろうか。恐らく自分から宮地さんを頼ったりはしない。それは確信した上で、宮地さんに笑顔を見せた。

ああ、そうだな。
お前もなにかあったら話せよ

どこか安心したかのように笑った宮地さんは、俺が心の奥底でなにを考えてるかなんか知らないだろう。

「伊月、ちょっと。俺変わるからバックに下がってくれ」
「あ、はい!」

宮地さんが俺の友人だということは職場のみんなが知っている。もう何度も顔を合わせている上に、もともとこのお店の常連のお客さんだったのだから。

だからか、店員たちは裏の話であったとしても、特に気にもとめず宮地さんがいる前で話す。もう少し気を遣えよとも思うが今さらバイトにそんなもの求めるものじゃない。店長や社員たちもその辺は心得ている。

はい、と返事をして手早く袋に詰めていく。勝手がわかっている宮地さんも、じゃあ、また、と俺の頭に手を乗せた。



大量の本をカートに乗せて、今日の俺の仕事は本や雑誌類を棚に並べていくことだ。
古い雑誌を取り除き、そこに新しいものを入れていく。

人気のある少年誌はべつに山を作って積み上げていく。

その新しい雑誌の中に、見覚えのある名前を見つけた。
これ。
それは、宮地さんがいつも買っている、アイドル雑誌。

入荷数が少ないため、下手をするとなくなってしまう商品だ。
確か、今日は遅いと言っていた。

時計を見上げると、休憩時間まであと30分ほど。
俺はよし、と気合いを入れ直して、作業に戻った。




「よぉ伊月」
「宮地さん。いらっしゃいませー」

その日、宮地さんはいつもより遅い21時も近くなって俺がカウンターに立つコンビニにやってきた。いつものように軽く店内を物色して、雑誌のコーナーに立つ。そこで、なんとなく消沈したように肩を落とすのが見えた。

やっぱり、と思わずほくそ笑む。

少し他のところに隠れているのではないかと覗き込む様子に、見つからないようにと一旦バックに入り、直ぐに店内に戻る。
宮地さんがレジにつく前に、そこに立った。

「なぁ伊月…」
「お探しのものはこれですか?」

少し暗い声で俺に話しかけた宮地さんは、それを差し出した瞬間、驚いたように目を丸くした。なんで、とその唇が告げる。

「これ、いつもなくなっちゃうんで、休憩時間に買わせて貰ったんです。いります?」

それは、俺が並べた雑誌で、夕方に中学生くらいの男の子達が買っていって完売となった。それに間に合う時間に休憩を入れてくれた店長さまさまだ。

「あ、ああ…」
「感謝してくださいね?結構気まずかったんですから」

なんて思ってもないことを嘯く。
気まずかったもなにも、この店の俺が入ってる時間帯の人たちはみんな俺と宮地さんの関係を知っている。殆どの人がああ、なるほど、と納得の意思をくれた。

それなのに宮地さんは、わり、ありがとな、なんて素直にお礼を述べる。
少しズルいかななんて考えながら、えへへ、と笑顔を作って宮地さんの綺麗な顔を覗き込む。

「誉めてくれないんです?」

「生意気だな、おい」

調子に乗って言うと、頭を撫でるというよりぐりぐりと混ぜるかのように強い力で掻き回された。

「うわ、わ!痛い宮地さん!」
「自業自得だばーか」

もうひと押し、なんていうように一発俺の頭を押さえ込み、あはは、と笑いながら、俺が取っておいた雑誌を持ち上げる。

「で、いくら?」
「え?」
「え、じゃねぇよ。いくらだっつの」
「え、あー…」

いくらだったか、なんて覚えてない。
誤魔化すように視線を逃がしながら、どうしようかと考える。
そもそもが宮地さんの驚いた顔が見たかったがための行動だ。そんなこと、正直どうでもいい。

「あ、あとでいいですか?」
「はぁ?」
「もうすぐ俺も終わりますんで」

時計を仰げばもう上がりの時間の10分前。それなら、外か雑誌のコーナーで待ってて貰えれば。
そうすれば、プライベートで話すことができる。他のひとの視線を気にしながら、話す必要はない。もう少し話したい。

そんな打算が一瞬で脳裏を駆け巡る。
ああ、なんて狡いんだ
同じように時計を追って思案する宮地さんの決断を待つ。どきどきと心臓の音が大きくなった。

「待っててもらえません?」

ちょっと寂しそうな顔を作って宮地を見やると、別に、と宮地さんの声が詰まった。
なんでもないことのような声音に、少しだけ心踊る。

「別に、待っててやってもいいぞ。けど、遅くなったら轢くからな」

宮地さんの返事に、ばくばくと鳴る心臓が爆発しそうだ。
その前に、あと10分。気張れ。と宮地さんの大きな手が伊月の髪を乱す。



こういうときほど、時間が流れるのは遅いものだ。たったの10分だというのにやけに長く感じて、まだかまだかと何度も時計を仰ぐ。
その間、宮地さんはというとたまに顔をあげたときに目があったり、コンビニの立ち読みできるスペースで無造作に本を冷やかしていた。
そんな風に過ごしたところで、10分なんてあっという間だ。
さっさとカードを切って、手早く制服を着替える。こればっかりは女じゃないことを感謝した。女だとこうはいかない。

スタッフルームを出たところでふと足を止める。まだまだ肌寒い季節だ。
宮地さんら先に店の外に出ていて、さっき買っていた飲み物だってもう冷めてしまっているんじゃないか?そう考え、足早に店を出ようとした体を方向転換させる。

レジの横のところにあるいくつかのホットドリンクの中から、いつも宮地さんが飲んでいるメーカーのコーヒーと、自分の分のコーヒーを出してレジにいる仲間に差し出す。
急いでいることに気づいてくれてか、二言三言で送り出された。

外に出ると、まだ冷たい風が首筋を擽る。半袖で出歩くにはまだはやい。くるりと周囲を見回すと宮地さんはコンビニの端に住み着いた猫と戯れていた。

去年の夏あたりから住み着いたらしいオレンジいろの猫は、当時からしたら大分肥ったらしい。店に来るお客さんに加えて、店の従業員すら世話を焼くからどんどん肥っていく。
その猫はいま、宮地さんの指先で首もとを撫でられて気持ち良さそうにごろんごろんと地面を転がっている。

なんだお前、と宮地さんは悪態つきながらも楽しそうだ。少しだけ声をかけるのを躊躇う。けれど、その一瞬。その間に、先に宮地さんの方が気がついた。

「お、伊月」
「お待たせしました、宮地さん」
「いや、待ってねぇよ。こいつと遊んでたから」

なー、と猫の腹をかきながら、宮地さんは答えるはずもない猫に話しかけた。それに合わせて猫もにゃーと鳴いて、猫のくせに答えてやんの、とまた猫を笑う。

その様子をぼう、と眺めて、ああ、こんな顔もするんだ、可愛いな、なんて。少し失礼だろうか?

仲もよくなって、色んな顔を見た。
泣き顔は同じ男だから、見られたくないだろうとは理解している。
でも、格好いいだけじゃない宮地さんに、どきどきした。ああ、好きだなぁなんて。

この短い期間にそんな風に思うのはおかしいだろうか。

「宮地さん」
「あ?」
「宮地さん、好きです」

だから、こんな言葉を伝えるのは予定外だった。宮地さんの動きが止まる。

俺の思考も止まる。

宮地さんが弄ってた猫だけが、とてとてとこの場を去った。

それに、急に正気に戻ってしまって、あ、と喘ぐと宮地さんも思い出したように視線を反らした。

やってしまった

俺の頭の中を、そんな言葉が過った。

「ごめんなさいなんでもないんですおやすみなさい!」

手に持っていた二つのコーヒーを、半ば押し付けるようにして宮地さんに渡し、くるりと踵を返して走り出す。

後ろから宮地さんが伊月と呼ぶ声が聞こえた。

ああもう、どうしよう




あとがき

前の続き。
支部の方でわっふるいただきましたので描きました。
お待たせしました♪ヽ(´▽`)/
しかし、書いているうちに暴走してしますのはライブ派の特徴ですね。もともと猫のくだりなかったんですが…






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