不敵なあいつ




自分と壁とで囲った、女の身体がしなった。

やめて、と苦笑混じりに囁く声は息に消えて、彼の耳元を擽る。自分とは違う、しなやかで柔らかい体を前に、彼はこくりと静かに唾を飲んで、にやりと唇に獰猛な獣のような笑みを浮かべた。

好きなくせに、耳朶に唇を這わせて言ってやると、ふるり、女の身体が震える。

体育館の外の、影には微かにバスケ部の声と、スキール音にホイッスルの音。悪いことをしているような気になる。
実際に悪いことをしているわけだが。

今日はどっかと試合だったか。
たまに聞こえる規則的なホイッスルに思考し、どうでもいいかと放棄する。今は目の前の女だ。

グロスを引いた唇に、自分の唇を重ねる。舌を入れてやれば、素直に応じる。
それはそうだ。やめてといいながら、初めからその気でついてきたのだから。
女なんて簡単だ。例外なんてなく強いやつが好きだし、うまいやつが好きでもとよりそれに興味ない女は俺だって興味はない。付き合うなら軽いやつが理想的。そもそも、簡単に別れられるやつの方が付き合うのは楽だ。そういうやつが寄ってくるのにどうしてわざわざめんどくさい女を相手にしなければならない。そんなのうざすぎる。

滑らかな太ももに右手を這わせて、襟首のボタンをいくつか片手で外す。細い首もとに唇を埋めると、あ、と女が切なく啼いた。

「あ!よかった知ってる人がいた!」

不意に他人の声が聞こえた。

能天気なその声は、明らかにこちらを向いていて、寧ろこの体育館裏に他に人がいればこんな行為には及ばないわけで。

しかし、灰崎はそんなもん知るかとお構いなしに行為を進めた。
女の声がちょっと、と制止を求める。そんなもん、と無視して続けようとしたら流石に肩を叩かれた。

仕方ねぇな、と顔を上げてやると、女は少しはだけた襟首をおさえて走り去る。最悪、と一言いいおいたあの後ろ姿はもう相手なんてしてもらえないだろう。

「…追わなくていいの?」
「追ってどうすんだよ」

折角の楽しみの邪魔しやがって。
去っていった女を目で追ったそいつに覚えはない。なにが知ってる人だ。

そいつに背を向けると、俺よりも低い頭は俺の横に立って一緒に歩きだした。

「…」
「お前、灰崎だよな?福田総合の」

名前を言い当てられたことに驚いた。
が、別段不思議でもないと気づく。灰崎は喧嘩も女遊びも激しいのだから。
見ると男は何処かの学校の生徒らしい。
今いるこの場所は、灰崎の通う学校なのだから、恐らく何処かの学校の練習試合か何かで来ているのだろう。

「なぁ灰崎、ここ、案内してくれないか。お前ここの生徒だろ?迷っちゃって。なぁってば」

ああ、鬱陶しい。

「なんなんだよてめぇ」

だんだんいらいらしてきて、そいつを体育館の壁に押し付けた。灰崎よりいくらか身長の低い体は容易に影に隠れる。

その時、灰崎は初めてその男とまともに顔を合わせ、そして硬直した。

女みてぇな、顔

きょとんときょをつかれたように灰崎を見上げる瞳も、さらさらときれいな髪も。
まるで女みたいだと思った。

灰崎?

そいつが呼んだ。
自分の名前にはっとして、ガンを飛ばしてみるが効果はないらしく、表情を変えずにそいつは灰崎を見つめる。

改めて、そいつは綺麗な顔をしている。

楽しみの邪魔をしやがって、といらいらしてきて、笑みを浮かべた。
それともなにか?
「てめぇが相手してくれんの?」

両腕でそいつを囲って、こいつならいけっかなぁなんてわりと最低なことを自覚してそんなことを考える。
舐めるように足元から見ていってふぅん、と鼻で笑う。スポーツマンらしいが割りと線が細い。流石に胸は固いだろうが別にきにしたこともない。まぁ、大きくて柔らかいにこしたことはない。

にこり。
予想外に男の口元が妖艶に弧を描いた。

綺麗な黒髪と綺麗な顔が、蠱惑的な雰囲気を醸し出す。

へぇ、こんな笑い方するのか。
相手をするということをどういうことなのかわかっているのか、いないのか。
どちらにしても、この顔は食わなければ勿体ないかもしれないが。

でも、男だぞ。なんて葛藤が実は灰崎の頭の片隅で繰り広げられているが、今のところ食ってみるのが有力だ。
と、男の黒髪にさらりと指をさしこんでその頬を撫でた。

相手は身動きせず、怯えているのかとも取れるがこれはその表情ではない。
おもしれぇ
その唇が微かに開いた。

「んー、それもいいけどさ。とりあえず道、教えてよ」

唇を寄せようと目線を合わせると薄い唇から出てきたのはそんな言葉で、一瞬思考が止まった。

「は?」
「だから、俺迷ってんの。道教えてくんない?」
「え、」
「あ、俺、誠凛の伊月っていうんだけど」
「はぁ?」

話が噛み合わない。
なんだこいつ天然なのか?

驚かせたつもりが逆に灰崎が虚を突かれる。

混乱しているうちに伊月がほら早く、と灰崎を引っ張る。

「体育館の俺らの試合があるとこ。着いたら相手してやるから、ほら早く」

どんどんと、半ば灰崎の方が押されるような形で体育館へと向かった。




「伊月!」
「あ、日向!」

体育館に行き、大きな扉を開けると、こちらの姿を認めた眼鏡が伊月へと寄ってくる。

「お前な!なに迷子になんかなってんだ!試合なんだからな!?」
「ごめん。でもまだ始まってないだろ?」
「始めれるわけないだろ!馬鹿!!」
「まぁいいけど、伊月君明日の練習2倍ね?」
「ええ!?そりゃないよカントク…」

その日向と呼ばれた眼鏡を筆頭に、わらわらと人が寄ってくる。
なんだこの状況。
常にない状態に灰崎はさっきからペースを乱されっぱなしだと嘆息する。
おい、と自分の近くにいる伊月に声をかけると、彼は灰崎を見上げてにやりと笑った。

「じゃあ、灰崎。今からいくらでも相手になってやるよ」

バスケで。
と笑う綺麗な男は、してやったりとその目で語る。

いい度胸だ。

にやりと灰崎は犬歯を剥き出しに笑う。

ペースを狂わされっぱなしでたまるか、なんて悪態を吐いて、自分のロッカーへと向かう。

不敵に笑う綺麗な顔の男。

伊月という名前を、灰崎は記憶する。


あとがき

マイナー乙です
申し訳ない。
不良…灰崎とか青峰は伊月に翻弄されてしまえばいいと思うのです






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