気づきたくなかった
「…」
「……」
話があると言った小堀の向かい側。
部活が終わり自主練も終わらせてここじゃなんだからと小堀は俺をカフェへと連れ出した。
ここは、俺たち――海常のレギュラーの行きつけ。黄瀬の隠れ家だ。小さな店だが経営している夫婦が芸能に無頓着ということもあり、黄瀬が人目を気にする必要がない上に、コーヒーが美味しいと紹介してくれた。
尤も俺は紅茶派でコーヒーは女の子と一緒でかっこつけたい時くらい。
あとこの店は焼き菓子が美味しい。甘すぎず、飽きが来ない。
夫婦でやってるお店の、奥さんがお菓子を作っているそうだ。
「…」
コーヒーが出てから少し時間が経った。
呼び出した筈の小堀はまだ、口を開こうとはせず、ぼーっと窓の外を眺めていた。。
このままだとコーヒーが冷めるまで話が始まらないんじゃないかとすら思わせる。
「…いやー…」
もう無理だ、耐えられない。
小堀と無言のまま向き合った時間に、色んな不安とかが生まれてつい、俺から口を開いた。
小堀がびくりと身体を震わせて俺を見た。
「しかし、まさかあの黄瀬が笠松を好きになるなんてなー」
「意外?」
「当たり前だろ?」
それは本当に意外だった。
黄瀬が男を。ましてや、それを俺たちに相談するなんて。
小堀が返してくれたことについ嬉しさが込み上げて、ぺらぺらと口が回る。
「だって笠松だよ?応えてくれるかもわかんねえのに男となんて。しかも可愛いわけでもやわこくもないし」
ないない。
そう言って首を振った。
同時にずん、と心臓が重くなった。俺だって可愛くないしやわこくもない男だ。
この恋が実るわけがない。
「森山は、気持ち悪いと思う?」
「気持ち悪いとは思わないけど、ないな、とは思う」
だってそうだろ。お前だって。
気持ち悪いとは思ってなくても。
友愛や親愛じゃない愛情なんて同性に持つもんじゃない。
「……そうだよな、」
笑い半分に言った俺とは裏腹に、小堀はいつもの表情で、それを言った。
そうだよな、と肯定したそれは、もう俺の恋が実ることがないのを表す。
どうした由孝判ってたことじゃないか。
鼻の奥がツンと痛い。
涙目になりそうな所をぐっと腹に力を込めて止まる。
「……うん」
「笠松たち、どうなるかな」
「さあ…でも、うまくいけばいいと思うよ」
「……そうだな」
小堀は表情を変えない。
それから、二言三言、会話を交わし、その日は帰ることにした。
付き合うことになった。
その報告を笠松の口から聞いたのは黄瀬から相談を受けた一週間後の昼休みだった。
「へぇ。よかったな」
「…まぁ」
2人の前に報告にと座った笠松の頬は微かに赤い。
若干不本意そうなのは、笠松の本来の気質のせいだろう。
ありがとう、と小声が続いた。
「ん?」
「小堀と森山が…後押ししてくれたって黄瀬が言ってたから」
お前らが友達でよかった。ありがとう。
そう言った笠松は少しだけ不安そうな、でも嬉しくてしょうがない、なんて、そんな顔をしていた。
嬉しいんだろう。叶わないと思っていた想いが通じて。
不安なんだろう。今後の先行きが。
彼らには、男同士という前提で超えるべきことが沢山ある。でも、一緒にいる、想いが通じる、それだけできっと嬉しいんだと思う。
俺がそう思うだろうから。
昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。
笠松はもう一度ありがとう、と言って立ち上がる。
俺も、教室へと戻るためにまた後でな、と立つが、あ、と立ち止まった笠松にぶつかりそうになった。
「小堀、お前も素直になってみたらいいことあるんじゃね?」
何かの捨て台詞のように言った笠松はさらに森山もな、と笑った。
小堀と別れて、教室へと戻る。
その背を追うように俺も教室に戻る。
笠松の言葉が気になっていた。
午後一番の授業を終えて、やっぱり気になっていたことに、10分休みに笠松の前の席を借りた。
さっきの言葉はどういうことなのかが気になって。
「お前も小堀もなんか含んでそうだったからな」
なんて、次の授業のために予習を見直す笠松は顔色も変えずに言い放った。
何か、なんて曖昧な。
でも、あのタイミングで「素直になれ」なんて、俺に対して何か思う所があるような。
悶々としていると、かなり顔に出ていたのか、笠松が可笑しそうに笑った。
「わかりやすいな」
「は!?」
お前に言われたくない!
いつもいつも女の子が苦手で間正直なくせに!!
笠松にくってかかろうとしたら、次の授業開始のチャイムがなる。
不満な気分を隠さずに笠松を見やれば、やっぱり同じように、ほら戻れよとまた笑う。
柔らかく笑うようになったな、とその笑顔に思わず毒気を抜かれた。
「森山」
「…、あ?」
一通りの自主練を済ませて、3Pの練習を始めた頃。
外周から戻って来たらしい小堀が俺に声をかけた。
「話があるんだ」
つい一週間と同じ言葉を繰り返す。もしかしたら、あの時言えなかったことだろうかと思った。
そんで、俺は
「…わかった。部活の後な」
その真剣な表情から目を離すこともできずに、頷いていた。
小堀が自分の練習へと戻っていって、頭の中は色んな考えが駆け巡る。
もしかしたら、なんて淡い期待は早々に頭を振って除外して、
なんだろう、なんだろう。なんて、何も分からないふりで嫌な想像を頭の隅に追いやる。
そんなことしても頭の中は不安だらけだし、心臓はずんと重い。
部活の後半の自主練がこんなに長く、短く感じたのは初めてだった。
「森山、」
練習後、着替えも帰る準備も済ませて小堀を待つ。部員も帰り、今日笠松は黄瀬と一緒に帰った。
小堀が俺を呼んで、俺はゆっくりと顔を上げる。
森山、とまた呼ばれた。
立ったままの小堀にここ座れよと座ったベンチの隣を開ける。
うん、ありがとうとそこに、小堀が座った。心臓が跳ねた。
「森山さ、」
今日はやたら名前を呼ぶな、と、跳ねた心臓をなかったことにしたくて見当違いのことを考える。
馬鹿俺。せっかくの小堀との時間なのに。
「森山は、気持ち悪く感じるかも…知れないけど、ないかも知れないけどさ、……」
そこまで言って小堀は言葉を切る。
何のことかと思った。
小堀が俺を見た。
真剣な表情で俺を。
俺はその目から目を逸らすことができなかった。
小堀が大きく息を吐く。
「森山、好きだ」
頭の中が真っ白になった。
嬉しい、なんて感情よりも、混乱が大きかった。
微かに開いた唇からは喉を震わせられないまま空気が漏れる。
「森山、なにか言ってくれ」
言われて、何が何だかわからないまま俺は、その視線から逃げた。
「…っ、本気、なのか」
それは疑問にすらなってなかった。小堀は即答で応え、俺がなにか言う隙なんてない。
「………小堀は、」
俺は視線を逸らしたまま口を開く。唇が酷く乾いている。
喉もからからだ。
「小堀は、俺とどうなりたいと思ってる?」
「もりや、」
「俺は。」
卑怯だ。疑問でなげかけておいて、それに答えた小堀の声を聞きたくなかった。
「俺はさ。小堀とは友達のままでいたい。いいじゃないかこのままで。だって、幸せじゃないか。誰よりも仲がいい親友だ」
最高だろ?と小堀に笑いかける。
「森山」
「こうやって、馬鹿やって、バスケやって、んで卒業だ。でも、ずっと仲良しのままでさ。そのうち飲み会とかすんの」
「森山」
「勿論、笠松と黄瀬も呼んでさ。早川とか中村も。成人したら先生とか誘ってみるのもありだよな」
「森山」
「んでたまにバスケの試合見に行って、一緒に海常にも顔だしてさ、後輩たちに教えにいくのもいいよな」
「森山!!」
「わっかんねぇよ!!」
急に小堀が声を荒げ、それに逆上するように俺も声が大きくなった。
心臓がどきどき言ってる顔が熱いどうにかなりそうだ。
「なんで今まで通りじゃ駄目なんだ!?俺とお前は親友、それでいいじゃないか!なんで不安な気持ち抑え込んでつきあったり、気持ち伝えたりしなきゃいけないんだ!?大切だから!!俺は、お前とずっと一緒にいたいん」
「森山」
ふっ、と身体が傾いた。
同時に視界が暗くなる。
好きなんだ。付き合って、別れる心配をする位なら付き合わない方がいい。いずれ、一緒にいられなくなる心配をするくらいなら。
そんなことを抱き締められた腕の中で考えた。
「森山」
小堀が俺の名前を呼ぶ。
それだけなのに、色んな気持ちがいっぺんに溢れてきて目が熱くなった。
「…好きだ、…小堀…」
「森山…」
「好きなんだ…」
好きだけど、付き合えない。
ごめん。
呟くように、小堀の胸に顔を埋めて言えば、うん、と小堀は言った。
きっと、俺たちの関係はこれからも変わらない。
俺も小堀もそれぞれがそれぞれを好きなまま生活して、そのうちまた、好きな人を見つけるだろう。
小堀は、俺の額にひとつ、キスを落とした。
びくりと身体が震える。
合図をするように目を合わせると、今度は唇に唇が乗った。
俺は目を瞑る。
これが俺たちの最初のキス。
あとがき
フォロワーさんが続きを待機してくださったので。書いてみて、2人を幸せにしたくなりました。
また続き書くかも