SAMURAI7* | ナノ
うたかた綴り

小鳥のさえずりが聞こえ、ユメカはゆっくりと目を開いた。窓から差し込む柔らかい日差しで朝がきたのだと理解し、布団から起き上がろうとする。しかし。


「……あれ?」


一気に襲われた気だるさに、再び布団の中へと戻ってしまう。頭がかき回されたようにぐらぐらする。


「お目覚めですか?」
「あ、キララちゃん。おはよー……」


部屋に入って来るキララに返事を返すものの、起き上がる力が入らない。その異変に即座に気付いたキララは、ユメカの額へと手を伸ばした。
その手はひんやりと柔らかく、とても心地よい。



「キララちゃんの手、冷たくて気持ちいいね」


うっとりとしながら言えば、キララは首を横に振り、顔に不安の色を濃く滲ませた。


「ユメカさんの額が熱いんですよ。只の風邪だといいのですが……。とにかく今日はしっかり休んでいてください」
「え!?でもこれからって時に……」
「こんな熱を出されて何かなさったら危険です。皆さんには私から説明しておきますので」
「……ごめん」


今は村を要塞化する大切な時。そんな時に風邪をひいてしまうとは。
村へ向かう途中、寒い中見張りをしていたキュウゾウの傍に付いてしまったせいだろう。自分勝手な行動に反省するものの、キュウゾウのことを考えれば、昨夜草で切った指を舐められたことを思い出し、一気に顔全体の熱が上がった。
あまりの情けなさに布団を鼻の辺りまでたぐり寄せ、熱っぽい顔をキララに見られないように隠す。


「では、私は少し出てきますね。隣の部屋に婆様がいますので、何かあったら遠慮なさらず呼んでください」
「うん、ありがとう」


くぐもったユメカの返事を聞き、キララが部屋を出て行った。はあ、とため息を零したユメカは再び瞼を閉じる。幸い咳や鼻水の症状は無いため、辛くてたまらない状況ではない。このまま風邪をこじらせず早く治さなければならない。そう思っていれば、またいつの間にか眠りについていた。


浅い眠りの中で夢を見る。それは以前も一度夢で見た都での決戦だった。決まった流れは変わらないというばかりに、大切な人が命を落とす流れを辿っていく。何故か自分は都でひとりいる場面から始まるため、皆に手を差し出す瞬間さえも得られない。
その苦しい夢から目覚めたのは、寝返りを打った時だった。


「わぶっ」


顔に落ちてきた冷たいものに驚き、カエルが潰れたかのような情けない声を出してしまう。混乱しながら起こされた原因であるモノを掴み、目を丸くした。


「濡れた手ぬぐい?」


きょとん、としていると自分の背後から伸びてきた手により、その手ぬぐいは取り上げられてしまう。近くに人がいたことに驚いて振り返れば、その手の主が予想だにしない人物のものだったため、更に大きく目を見開いてしまった。


「キュウゾウ…!?」


名を呼んだが彼の目は伏せられたまま。その目線の先には、水が入った桶に手ぬぐいを浸けている様子が映っている。慌てて起き上がろうとするユメカだったが、キュウゾウは絞ったそれを額に乗せて制した。


「寝ていろ」
「……っ」


看病してくれていたのだろうか。嬉しくて鼓動の早さが増すが、先程自分が変な声を出してしまったことを思い出し目眩がした。
しかし何故キュウゾウが看病をしてくれているのか。思えば彼には村人に弓を教える仕事があるはずだ。


「あの、付いてくれてありがとう。でも此処にいて大丈夫なの?」
「問題ない」


きっぱりと断言されて、次の言葉を失う。するとキュウゾウがユメカの瞳を射抜くように見つめた。


「恐ろしい夢でも見ていたのか」
「えっ!なんで…!」
「うなされていた」
「……もしかして寝言とか言ってた?」
「……いや」


夢が夢だったため、変な寝言でも言ってしまったのではないかと酷く焦ったユメカは、キュウゾウの言葉にどうにかほっと息を吐いた。キュウゾウがそれを見てすっくと立ち上がり、部屋を出て行ってしまう。
あれ?と少し残念な気持ちになりながら、ユメカは閉ざされた扉を見つめた。キュウゾウは仕事の合間に見舞いに来てくれたのだろうか。そう思えば、気にかけてくれているのだと気付き、嬉しくなって頬が緩む。
しかし直ぐに扉がまた開きキュウゾウが戻って来たため、慌てて緩んだ頬を引き締めた。キュウゾウの手には湯のみと握り飯が乗った器がある。


「食えるか」
「えっと……」


どうやらまだ傍に付いていてくれるらしいことが分かり、戸惑いつつも差し出された握り飯を見つめる。しかし今の自分に食欲は無いように思えた。でも食事をした方が体に良いに決まっている。そう思いながら握り飯と睨めっこする形になっていると、キュウゾウが不意に口を開いた。


「粥が良いならば、そう言え。……作る」


弾かれたように、ユメカはキュウゾウを見た。


「キュウゾウが作るの?」


純粋に驚いた顔を向けたユメカに、キュウゾウはほんの少し眉間を寄せる。


「不服ならば、水分りの娘に頼むが」
「不服じゃないよ!じゃあ、もしかして…!その握り飯もキュウゾウが……?」
「…………」


否定しないということは、肯定だ。それが分かるなりユメカは勢いよくキュウゾウの手から握り飯を取った。


「食べる!」


熱の籠った頬を更に朱に染めながら力強く言い、握り飯にかぶり付いた。ひとたび食べてしまえば、美味しいカンナ村のお米の味が口いっぱいに広がり、食欲が増した。いつもよりも美味しいと感じるのは、やはりキュウゾウが握ってくれたものだからだろう。何を思いながら握ってくれたのだろう。何であろうが、自分のためということは変わりないため、嬉しさで自然と胸が満たされる。
食べ終わると再び布団に戻され、額に手拭いを乗せられた。冷たい手拭いにキュウゾウに対する熱も押さえてくれるようでありがたかった。空になった器を手にしたキュウゾウは立ち上がろうとし、咄嗟にユメカはその赤い裾を掴んだ。


「あ……」


キュウゾウの視線が再びユメカに戻る。一方引き止めてしまったことがあまりに無意識で、ユメカも驚いてキュウゾウの目を見た。


「ご……めん」


咄嗟に出たのは謝罪の言葉。それに目を細めてキュウゾウが返す。


「何に対する謝罪だ。解せぬ」
「いや、だって、引き止めちゃったから」
「用は無いのか」
「…………」


用というわけでは無いが、引き止めてしまった理由はある。だからといって言える理由では無い。まだ傍にいてほしいというだけなのだから。
気まずそうに目を反らしたユメカを見て、キュウゾウは短く息を吐き、再び腰を下ろす。はっきりしない行動に呆れさせてしまっただろうか。そうユメカが落ち込みかけた時、


「また怖い夢を見ぬ様、眠るまで傍に居る」


抑揚の無い声、しかしどこか自然と体にすっと染み渡る落ち着いた声音だった。ユメカは弾かれたようにキュウゾウを見て、微笑んだ。


「ありがとう」


安心して目を閉じる。直ぐに目を閉じてしまったから、知ることができなかった。キュウゾウがこの時、優しく緩めた口元に。
安心して直ぐに眠りについてしまったから分からなかった。乱れた髪を指でひと梳きしてくれたことに。


「…………」


そして、重大な過失をしてしまったことにも、気付かなかったのだ。

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