SAMURAI7* | ナノ
ふたりきりだから

そっと喧騒から離れ、回廊を歩く。庭に面する場所まで来た時ふと空を見上げれば、今宵は三日月だった。
久しぶりにゆっくりと夜空を眺めた気がする。そんな風に思い、その場に腰を下ろした。遠く聞こえる喧騒。さっきまで自分もあの中に混ざっていた。楽しい時間だった。
それなのに自分はひとりで此処に来た。いったい何をしにきたのか、そんな風に自身に問いかければ、答えは直ぐに出た。



彼が此処に来てくれることを期待しているのだ、と。





ふたりきりだから





暫く経つと、遠くに感じていたにぎやかな声が一瞬大きくなり、再び小さくなった。
同じ場所から誰かが出てきたのだろう。すぐに振り向きたくなる気持ちを抑え、ユメカはじっと欠けた月を眺めた。


「よォ、なーに真剣に眺めてんだぁ?」


視界の端に入ったピンク色。望んでいた色に、ユメカの心臓はどきりとはねた。しかしその気持ちを悟られまいと短く答える。


「月」
「ふうん?」


欠けた月に魅力を感じないのか、ピンク色の彼――ボウガンは一瞬つまらなそうに空を見上げただけで、左隣によっこいせ、と腰を下ろした。すかさずユメカが口を開く。


「厠に行くんじゃなかったの?」
「あのなー、ふつー酒持って行くか?」


そう言って左手にあるものを揺らして見せる。皆で飲み交わしている場から拝借してきたのだろう。彼に似合う薄紅色の徳利が月明りに照らされた。
徳利に視線を移したユメカに向かってニィと歯を見せて笑み、ふたつ用意していた片方のお猪口を差し出した。


「はーい、これから俺と2次会な、ユメカちゃん」


ユメカが受け取ったお猪口に、楽しそうに冷酒を注ぐボウガン。ちゃん付けなんて普段はしてこないため、彼が酷く酔っているのは明白だった。
しかしいつもと違う呼び方に、少し嬉しくなった自分がいて。些細なことに反応してしまったことが恨めしく、ユメカはげんなりと彼を見た。


「……凄く酔ってる」
「んなこと無ェよ。ゴーグルのおっさんなんて今し方脱ぎだしたぞ」
「うそ!?……うわ、信じられない」


普段陰険で冷たく思えるゴーグルがそんな状態になっていることを想像して、ユメカは目を丸くした。
ボウガンは有り様を思い出したのかけらけらと笑いながら「そんでヒョーゴさんが止めに入ってキュウゾウの奴も巻き込まれて……」と話す。
酒の場は無礼講といったもので、上下関係も無ければ毎度めちゃくちゃだ。しかしそれが楽しくて、御前と若の下で働く者同士よくこうした飲み会を開いている。


楽しい会話を肴にしながら、お酒を嗜み、ひと時を楽しむ。
そんな時だった。突拍子も無くボウガンがユメカに抱き付いたのは。


「んー、さっきからいー香りがすると思えば。シャンプー変えた?」


ほのかに風に流れていた清潔な香りが、抱きついたことで甘くふわりと香る。ボウガンはまるで花の香りを嗅ぐようにユメカの髪に顔を埋めた。
ふたりがこんなに接近するのは今日に限ったことではない。仲間が周りにいるにも関わらず、彼は普段からふざけてユメカへ抱きつくことがあった。
そのたびにユメカは怒ってそれをあしらい、決まってボウガンが悪びれもせず、笑いながら放れるのだ。
しかしその一連の流れが無いことに気付き、ボウガンは違和感を覚えて顔を覗きこんだ。


「ユメカ?」


覗き込まれ、びくりと肩を跳ねさせたユメカは逃げるように顔を背ける。その頬は僅かな月明りでも分かるほど、真っ赤に染まっていた。みんなでいる時とは違う反応。
ボウガンが驚いて目を見開いた。その視線に耐えられず、ユメカは慌てて立ち上がろうとするのだが、未だに身体に回したボウガンの腕がそれを許すはずが無い。


「は、放して」
「やだね」


放れたいならいつもみたいに突き放せば良いだけのこと。それができないのは、酔っているせいなのか、それとも……。


「手、繋いでいいか?」


耳元で囁かれた言葉に、ユメカは思わず固まった。
その間にも、触れている身体から彼の体温が伝わってきて、どうしようもなく自分の胸の鼓動が早くなるのが分かる。


「いい、から」


だから開放してほしい、と彼の胸を押し返す。このままではどうにかなってしまいそうだ。
すると願いを聞き入れるようにボウガンは身体を開放し、右手でユメカの手を取った。
酒のせいか、ボウガンの掌は驚くほど熱い。


「ちょっと冷えてるんじゃねーか?」
「ボーガンが熱いんだよ」


そっか、と納得したように笑みを浮かべる。そのいつもの表情と、優しく握ってくる手に少しずつ安心を覚え、ユメカは早鐘を鳴らす胸を潔く受け入れて落ち着こうと、はぁと息を吐いた。


「明日、センサーと特務だっけ」
「ああ」
「……気をつけてね」


今虹雅峡では農民がサムライを集めているという噂で持ちきりだ。
その農民の娘を自分達の主である若が気に入り、一度手に入れたのだが逃がしてしまった。
若がその一件で諦めるはずもなく、再び奇襲をかけるという任務をボウガンとセンサーに下したのだ。
カムロの情報によると、既に若いサムライと白装束のサムライ、それに機械のサムライと芸人だったサムライまで農民に接触しているらしい。
この屋敷でも噂になっている。農民に飼われるなんて奇妙なサムライもいるものだ、大したことない奴に違いない、と。
しかしユメカは胸騒ぎを感じていた。ボウガンの腕が立つことを良く知っているはずなのに。これも惚れた弱み、だろうか。


「俺さ……」
「え?」


ボウガンが不意に月を見上げ、呟いた。何故か不安を掻き立てられる。それ程、彼の横顔は儚く見えて。
途切れた言葉の続きを待つが、ボウガンは口を閉じ、次の瞬間にはもう普段の意地悪な笑みを浮かべていた。



「ユメカが使ってるシャンプー使いてぇから、明日貸してくれな」
「は?え……うん、いいよ」


思ってもいない願いに、ユメカは呆気にとられながら頷く。


「……ねぇ、それだけ?」


先程の表情からこの言葉では、あまりにギャップがありすぎる。もっと他に言うことがあったんじゃないだろうか、と思わず聞いてしまった。
するとボウガンがするりと手を離す。


「あー。それだけだ」
「嘘。言って。じゃないと、シャンプー貸さないから」
「おいおい、前言撤回じゃねーか」
「あたりまえでしょ、最初に言いかけたこと言ってくれないんだから」


ボウガンが深く溜息を吐く。ユメカはここは引かないとばかりに真っ直ぐに彼を見つめた。


「わりぃ、今は言っちゃあ駄目な気がするんだ」
「……なんで」
「嫌な予感がする。ただ、それだけなんだけどな」


だから待ってくれ、とボウガンは口の端を吊り上げて。
ユメカは気付いた。彼もまた、自分と同じように漠然とした胸騒ぎのようなものを感じているのだ、と。
今宵の月が満ちていなくて、なんとも切なげに見えるせいなのか。明日の特務に対する嫌な感じがつきまとう。ここで互いに沈黙をしてしまうと、永遠にそれが続いてしまうような。



「……っボウガン!好き」



今、言わないと。ボウガンの意思と間逆の結論に達し、ユメカはボウガンの着物の袖を掴み、思いを口にしていた。
意表をつかれたボウガンが反応できず、沈黙がこの場に落ちた。


「なんで言うかなぁ」
「え……」
「俺が、言おうとしてたこと」


ユメカが目を見開いた。


「うそ、でしょ」
「俺、信用ないんだな……」


ボウガンが肩を竦めた。
さっきからユメカはボウガンの言うことに嘘じゃないかと疑いを持つ。普段いいかげんな行動を取っているから仕方ないことなのだろう。
ユメカにしてみれば、本当の気持ちが知りたい。その一心だ。


「じゃあ、なんでさっき……言ってくれなかったの?」


さっき言ってくれていれば、嬉しくてたまらなかった。でもその言葉を彼は呑み込んだのだ。


「縛るのは嫌いだからなぁ」
「なに、それ……」
「今日告白して、明日俺の身に何かあってみろ」


良い返事がもらえていなくても、ユメカのことだ、何かしらしこりが残る。
互いに想いあっていたという結果が出たら、尚更。苦しみを与えることになる。
そう思うと、ボウガンは言えなくなってしまった。明日への嫌な予感が口を閉ざしたのだ。


「やだ。そういうの……」


まるで。


「明日、ボーガンが帰ってこなくなるみたいじゃない」
「別にそうそう殺られるつもりはねーよ……ただ、こればっかりはわかんねーからなぁ」
「いやだ!」


瞬間、ユメカの眼から雫が落ちた。


「いやだよ!約束して!明日……生きて帰ってくるって!」


ユメカが必死になってボウガンの逃げた手を掴んだ。夜の空気に攫われたのか、さっきまでの掌の熱さが嘘のよう。絡めた掌は同じ温度。


「ボーガンがいなくなったら私…!」


その先の言葉を、ボウガンは言わせなかった。一瞬だけ重ねた唇を、ボウガンは笑顔と共に放した。


「優しーなぁ。俺のことそんなに想ってくれるなんて」
「…………」
「縛るのが嫌なんて、嘘かもな。現に俺はそんな風に言ってもらえて喜んでる」


重ねた掌に、ふたりぶんの熱が篭る。


「好きだ、ユメカ。明日、必ずユメカの元に戻る」


だからシャンプーの約束、守れよ。なんて付け加えるあたり、真面目な話は苦手なのか。そこがとても彼らしく、ユメカはほっとして頷いた。


「楽しみだなー、一緒にシャンプー」
「は?」
「言っただろ?貸してくれるって。それはつまり、一緒に風呂に入って洗いっこを……」
「明日いっぺん死んで来い!」


生きる理由が生まれた。彼は必ず帰ってくる。



SAMURAI7の企画夢サイト、暗涙に咽ぶ様へ提出。

09.10.07 tokika

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