mononoke* | ナノ
嫉妬

「よし、よし」


空気に染み渡る心地良い声音。
白い指に優しく撫ぜられ、うっとりと目を細めるのは、膝の上に乗った猫。


「その猫、どうしたの?」
「擦り寄って……きたので」
「拾ってきたんだ」


ここは仮宿。ちゃんと許可は取ったのだろうか。
それよりも……だ。


「飼うつもり?」
「さて、どうしますかね」


はっきりとしない返事に少しだけ唇を尖らす。何故なら昔、私が飼いたいと拾った子猫は、断られたからだった。
猫に負担がかかるだろう、それに猫を飼っていては旅をするのに不便だ、と。
それなのに今回こんな返事をするということは、それ程に薬売りはこの猫を気に入ったということなのか。


「可愛いね」


野良だとは思えないほど真っ白な猫。そっと猫の口元に人差し指をもっていけば、ぺろりと舐められる。そして、にゃあ、と可愛らしい声。
私と違って愛嬌もある。凄く可愛い良いこな猫だ。
しかし、だからこそ、もやもやとした気持ちが起こる。


「どうか、しましたか」


薬売りが、両手で猫をあやす様にしながら、問うてきた。
しかし聞かれたところで、返す言葉が出てこないこの気持ちはなんなんだろう。
私が選んだ猫ではなく、薬売りが選んだ猫を飼うことが不満なのだろうか。いや、違う。


「…………」


薬売りの肩に、こつんと、自分の額を当てた。
少し間を置き、薬売りが笑うように呼吸をしたのが分かった。
なんだというのか。もやもやした気持ちがむっとしたものに変わり、私は薬売りから表情が見えないように更に俯く。
すると頭上から降ってくる穏やかな声。


「夢香、それは‥すり寄ってくれているので?」
「……べつに」


そういう訳じゃない。ただ、寄りかかりたかっただけだ。たぶん。


「よし、よし」


先程猫をあやしたように、今度は私の頭を薬売りは撫でてきた。
ちょっと嬉しい気持ちがしたのは無視しよう。


「ねぇ、薬売りは……猫が好きなの?」


私よりも。


「嫌いじゃあ、無い」


はっきりしないなぁ……。


「猫と人間だと、どっちが好き?」
「そいつは、誘導尋問……ですね」
「え?」


薬売りがゆっくりと体を捻り、私の両頬を包み込むように手を添え、目線を合わせた。


「そいつは、女性特有の、誘導尋問だ。
……夢香は、自分と、目の前の猫、どちらを取るのかと‥聞いているのでしょう?」


頬が熱くなる。図星だった。
そんな風に触っていると熱が伝わってしまう。逃げようと体を捻ろうとすれば、次なる言葉。


「俺は、夢香にしか、好きという言葉を……持ち合わせていない」
「……!」


一瞬で、曇っていた心が跳ね上がる。単純な自分に、嫌悪さえ起こる。
格好悪いと頭で分かっているのに、続くのは本当かどうか確かめる言葉。
もっともっと、聞かせてほしい。


「でも、この猫がもしも人間になったら……きっと私なんか比べ物にならないくらい素敵な可愛い子だよ。
それでも、私を好きでいてくれるの?擦り寄ってきたら、くらっとならない?」
「俺を、物好きだとでも、思っているので?」
「……へ?」


意味の分からない言葉に目を丸くすれば、膝の上で眠りにつこうとしていた猫を、薬売りはひょいと持ち上げ私の目の前に伸びきった体を差し出した。


「こいつは、オス、です」
「……あ」


メス、前提で考えていた。恥ずかしい。
薬売りの口の端が、釣り上がる。してやったりな顔に見えるのは、気のせいだろうか。


薬売りの手から解放された猫は眠気が醒めてしまったのか、薬売りの膝へは戻らず、廊下へ続く襖の近くへと向かった。


「おや、お帰りか」


薬売りが立ち上がり、襖を猫の隙間程開けてやる。
すると何の名残惜しさも見せず、猫はこの部屋を出て行った。薬売りが再び襖を閉める。


「え……あれ。猫はどこ行くの?」
「飼い主のもと、ですよ。あの猫は、此処の宿の猫だ」


そんな!薬売りが拾ったんじゃなかったのか。
いや、拾ったなんて薬売りの口から一言も聞いていなかった。薬売りは、猫が擦り寄ってきた、とだけ言っていた。
なんてことだ。私の早とちりで変な行動ばかりとってしまった。
しかし、だとすると疑問が残る。


「じゃあなんで…!飼うつもりか聞いたときに、あやふやだったの!?」
「俺だって、たまには、夢香の想いを見てみたい‥ものですよ」


確信犯、だったということか。
どうりで、良く笑う。


「酷い…!」
「心外、ですね」


薬売りが近寄ってくる。そっぽを向けば、人差し指を私の口に当ててきた。


「妬いて、唇の尖った夢香は、それは愛おしかった。
そのまま吸い付いてしまおうかとも……思ったのですがね」
「ばか!!」


この人は私をからかうのが大好きだ。身が持たない。
でも、それが楽しいと感じているのも、また確か。


−結−


D-insideの紗伊様より、モノノ怪のカードをちゃっかり数点頂いたお礼に書かせていただきました。
本当、相応のお礼に全くならないもので申し訳ありません…!
「薬売りが猫にかまってばかりでヒロインが焼もちを妬く」というリクエストをいただいて制作したのですが、妙にSM関係ちっくなオチっていう…!(あれ。お、おかしいな…)


09.05.04 tokika

テーマ「嘘から始まる恋」
BL小説コンテスト開催中!
- ナノ -