mononoke2 | ナノ
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聞き慣れた音が聞こえる。
だが意識はまどろんでいて、耳に煩く響くとはいえ遠くの方で聞き流す。
しかし、あるひと声で突然目覚めた。


「夢香さん、ずっと、鳴っています」


がばりと夢香が体を起こした。
目の前にはソファに居住まいを正した薬売り。そういえばこちらの世界に来ていたのだった、と状況を把握する。
しかし自分はいったいどこから身体を起こしたのか。すっかり横になって寝ていた。恐れ多くも薬売りの膝を借りてしまっていたのだろうか。
起きたばかりで混乱していると、薬売りが夢香の目の前に音の鳴るものを差し出した。


「ずっと、鳴っていますよ」
「あ……」


携帯電話。この曲は、アラームでは無い。
画面には友人であり、職場の同僚である“実希”の名前。着信だと理解した際、時刻も視界に入り目を疑った。


10時半――。


「もしもし!?」
『あ!やっと出た。何、今日どうしたの?』
「ごめん!寝坊した…!」
『あれま、珍しい。じゃあ来るんだよね?』
「うん、直ぐ行く!」


短い会話で直ぐに電話を切り、慌てて立ち上がる。
書店は10時に開店だ。すでに30分の遅刻。レジを担当しているため迷惑がかかっているだろう。早く行かなければ。


「ごめんなさい!薬売りさん、私仕事があるから行ってこないと…!」


夢香はばたばたと寝室に向かい、身支度を整えてまたリビングへと戻る。
部屋から持ってきたものを薬売りの目の前に差し出した。


「これ、家の鍵。好きな時に外に出てくれていいんで」
「合い鍵、ですか」
「ううん、これひとつしかない」
「では、私が持っていたら、困るでしょう」
「大丈夫!私18時過ぎまで帰らないから。薬売りさんがそのくらいの時間に家にいてくれたらそれで」


笑顔を見せつつも、早く仕事に行きたいのだろう。
焦っている様子の夢香を見て、薬売りは時間を取らせまいと鍵を受け取った。


「じゃあ薬売りさん、いってきます」
「いって、らっしゃい」


向かい合って、何気ない日常のひとこま。
しかし一人暮らしだった夢香は新鮮さに一瞬どきりと胸を高鳴らせた。送り出してくれるのが薬売りだから尚更だろう。
一方の薬売りも、人を送り出すのは何時振りか。もはや、記憶の彼方――。


慌しく玄関へ向かった夢香だったが、またひょっこりと顔を覗かせる。


「そうそう!ご飯とか!勝手にあるもの食べていいから!」
「はい」


薬売りは返事を返すものの、人様の家のものを勝手にあさる気は毛頭無い。
一方夢香は、今何か家に食べられるものがあったかと考えを巡らせる。


「ほら昨日のさくらんぼとか…!あー私も食べたいけど……」


急いでいるのかいないのか。夢香の様子に薬売りは微笑んだ。


「さくらんぼは、夢香さんが帰ってからご一緒に」


薬売りの言葉に夢香は明るく顔を綻ばせ、大きく頷いた。


「早く帰るね!」

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