mononoke2 | ナノ
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翌日、夢香は薬売りから貰った花に水をやることから始まった。
ベランダに出して水を浴びたダリアは、朝日を浴びキラキラ輝いていて、夢香の顔にも笑顔を咲かせる。
その様子を部屋の中で見ていた薬売りもまた、眩しげに目元を柔らかくしていた。


「夢香さん、そろそろ、時間では?」
「ほんとだ、じゃあ仕事に行ってくるね」


薬売りがソファに座ろうとして、先客がいたことに気付き所作が止まる。


「これは……」
「あ、それ!翼くんから誕生日プレゼントで貰ったんだ」
「…………」
「アルパカって動物のぬいぐるみなんだけど、可愛くない?じゃ、いってきます!」


準備を終えた夢香は、急いで家を出て行く。残された薬売りは自分の居場所を占領しているモノを暫し見つめ、おもむろに手を伸ばし中指でその額を弾いた。


そんなことをしているとはつゆ知らず、職場に着いた夢香は現実に引き戻されるように仕事を始める。
本と関わる仕事は、趣味の延長なので苦ではない。しかし、この間に薬売りが消えてしまうのではないかという不安が募り、仕事が辛い時間と感じるようになってきていた。


(私、薬売りさんが居なくなって、やっていけるのかな……)


こんな状態では、とても無理だろう。
距離を取っていないと、後で自分が辛くなる。でも、そんなことを思っても好きな人には近付きたいから無理なのだ。
淡々と過ぎる時間に楽しみを見いだせずにいた時だった。
来店してきた翼の姿を捉え、目が合った夢香は笑顔で応える。翼はそんな夢香の変化に喜びながらレジへと近付いた。


「昨日はアルパカありがとう。ちゃんと部屋に飾ってるよ」
「喜んでくれたならよかった。こっちも車が可愛くならずに済んでよかったし」


自然と会話できるようになって、端から見たら仲の良いカップルに見える。ただ、翼には気がかりな存在がいた。薬売りと呼ばれている男のことだ。
傘を持ってきたあたり、一緒に住んでいるのか。だとしたら今後関係の進展が期待できない。早く真実を知っておかなければと焦り、聞こうと口を開くが、「そうそう」という夢香の言葉と重なってしまった。


「取り寄せの雑誌、届いてるよ」


レジ後ろの棚に手を伸ばす夢香。高いところに置いてあるらしく、少し背伸びをする些細な様子に可愛さを感じ自然と注目する。服の袖が腕を伸ばしたことによってずれ、素肌が覗く。普通ならドキリとしていたが、そこに圧迫されたような痣が見えたため驚いた。


「それ…!腕、どうしたんだ」


指摘された夢香は、はっとして服の上から痣を隠すように触れる。


「あ、えっと、ちょっとね。でも全然たいしたことないんだよ!」


はにかんだ様に笑う仕草に、嫌でも確信する。薬売りという男が関わっているのだろう、と。


(あいつ……DVか?)


他人が付けたとしか思えない手の痕で、夢香の好意をあの男が踏みにじっているという考えに至る。


「あの薬売りって奴、一緒に住んでるのか?」
「えっ」


突拍子のない質問に、夢香は更に頬を赤らめる。その仕草は答えを返したも同然だった。


「すみません、早くしてもらえますか?」


いつの間にか翼の後ろに客が来ていた。
店員の手が止まっていることに気付いた客が、不満げに上げた声に我に返った夢香は、「すみません…!お待たせしました」とレジの行為に戻る。
翼もまた、無口になり会計を終えるとレジを後にした。

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