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翌朝、温もりの中で目覚めた薬売りは、苦笑を漏らした。
(何を……しているのやら)
目の前で規則正しく寝息をたてている夢香。それに寄り添うように眠っていた薬売り。
幼子のように思えた夢香を、気紛れにあやしてみようと思ったまではいい。しかし、夢香の問いに思わず深く掴まれてしまった。奥深くに眠り、もう存在すらしないと思っていた心を。
――ね……嫌いになった?
(何故、嫌う、など……)
だが、答えようとすると、言葉が出てはこなかった。
(嫌いになる訳、ないでしょう)
例え偽りだとしても、簡単に言える言葉。しかし喉を通してはくれなかった。
気付かないうちに、夢香を嫌いになっていたというのか。ならば何故、相手の気持ちを察しようとしているのか。
……逆?
(好き、だとでも……)
そこで思考を遮断した。
色恋沙汰は不要の身。欲はあれど心は無い。でないと、身を滅ぼしかねない。己はモノノ怪を斬る存在なのだから。
「よく、分かりません」
あやふやな言葉は、案外あっさりと喉を通った。
傷付けるだろうか。夢香の好意に気付けない程、薬売りは鈍感ではない。だが、その想いを断ち切ることは造作も無い。
薬で記憶を消せるのだから。
薬売りはそっと夢香の頬にかかっていた髪を、撫でるようにはらいのける。胸の奥に宿る感覚に、目を背けながら。
夢香が寝返りをうつ。ゆっくりと押し上げた瞼は重く、体もまたずっしりと鉛のよう。寝たような気がしない気だるさを感じながら、上体をゆっくり起こした。
(あれ……薬売りさん?)
一緒にふとんに入ったのは覚えている。交わした言葉も。あの時聞いた言葉に、少なからず衝撃を受けた。よく分からない……それはどういうことなのだろう、と。ただ、悲しい気持ちにはならなかった。何故なら薬売りの腕の中にいたから。もしも温もりの中にいなければ、薬売りの言葉は胸に突き刺さり、とても悲しかっただろう。
(なんか……顔合わせ辛いな)
昨日の記憶はあやふや、ということにした方がいいかもしれない。でないと、薬売りの行動を深く追求したくなるから。これ以上追いかけたら、なんだかすぐに消えてしまいそうな気がするのだ。夢から覚める、そんな感じに。
「うん、昨日は何もなかった」
あれだけ酔っぱらっていたのだ。実際薬売りと寝床を共にするまでの記憶は怪しい。自分で自分を納得させ、リビングへと向かった。
薬売りはいつものソファに浅く腰掛け、目を閉じていた。しかし夢香が近くまで来たのに気付いたのか、すっと目を開いた。
「体の調子は、如何ですか」
「えと……だるいかな。
ごめんなさい、昨日何か迷惑かけなかった?殆ど覚えてなくて……」
夢香の言葉に、薬売りはふっと微笑で返す。
「……そう、ですか。昨夜帰って来た夢香さんは、声を張り上げるわ、暴れるわで、大変な有様でした」
「え、嘘!」
流石にそこまで酷くは無かったはずだ、と夢香は目を見開く。薬売りはひとつ、頷いた。
「はい、嘘です」
「ひ、酷い…!」
「まあ、酒で人が変わっていたのは事実だ。量を抑えた方が、良い。あと、飲酒後の湯浴みも……論外です」
夢香はその瞬間、昨夜風呂場で溺れたことを思い出し、カッと顔を紅潮させた。
「……はい」
「分かれば、よろしい」
薬売りがそう言ったところで、机の上に投げ出されていたケータイが音を鳴らした。画面を見てみれば実希からの着信であることが分かり、すぐに出る。