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平日の午前中、レジに並んでいた客が途切れた時だった。
「日々野さん」
「すみません」と声をかけられるのではなく、名を呼ばれたことに夢香は驚き、レジでスリップを整理する手を止めた。
目の前にいるのは、薄茶色の髪を軽く逆立て、少し吊った眼が印象的な男性。ああ、週刊の少年誌を定期購読している速水さんだ、と記憶を辿る。おおかた名札で名前を覚えられたのだろう。
「はい、どうしました?」
予約か取り寄せだろうか、そう夢香は思ったが、彼は一瞬目をそらし頭を掻いた。目の前に差し出してきたのは一枚の紙きれ。
「もしよかったら、ここにメールください」
「へ?」
「じゃあ……」
紙切れを受け取る間もなく、彼はそれをレジの台に置き、出て行ってしまった。
折り畳まれた紙切れを広げてみれば、ケータイのアドレスがそこに書かれていた。
自分の置かれている状況が分からずぽかんとしていると、本棚の影から実希がにまにまと笑顔を湛えて出て来る。
「ついに行動に出たかぁ」
「え、何?」
「今のだよ、連絡先でしょそれ」
「うん……渡す相手間違ってるんじゃないかな」
眉を寄せ、困り果てている夢香に実希は目を丸くした。それから呆れたように嘆息する。
「もー!鈍いなぁ。夢香とお近づきになりたいってことじゃない」
「ええ!?なんで」
「そりゃ気になるからに決まってんでしょー。一目惚れってやつ?ほら、あんた可愛いから」
「適当なこと言わないでよねー」
拗ねた風に夢香は唇を突き出す。実希としては本心だったのだが、自覚がないからやっかいだ。
「とにかく、速水翼は夢香とまず友達になりたいの。
そうそう、この前夢香が遅刻して逢えなくて悲しんでたのもあいつだから。
接触するまでは絶対自分のことは言うなっていってたから言えなかったんだよね。言えてすっきり」
満足そうに仕事に戻ろうとしたところを、夢香は慌てて引き止める。
「ちょっと、え!もしかして実希って速水さんと友達?」
「うん、幼なじみ。ああ見えて悪い奴じゃないから、メールしてあげてよ」
「……うーん」
「ちょっとー、付き合ってる人いないんでしょ?自分から出逢いを断ち切ったら駄目だよ」
「そうだけど……」
「はっきりしないなぁ。あ、あー!好きな人いるとか?」
「それは……」
その時、大きな咳払いが響いた。そちらを向けば眉間に皺を寄せた店長の姿。「やっば」と小さく呟き実希が持ち場に戻っていく。夢香もわたわたとスリップを整理する格好をとった。
(好きな人かぁ……)
そう考えればどうしても薬売りのことが頭に浮かんできてしまう。でもこれじゃ駄目なんだろう。そう遠くない未来、必ず別れの日が訪れるのだから。
(今日の帰り、古本屋行こうかな)
ふたつの世界を繋げた不思議なお店。ふと、今日行きたくなった。