mononoke2 | ナノ
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「色々凄かったね!……後味悪いけど」


そう言った夢香はクリームがたっぷりと乗ったキャラメルフラペチーノを口に含んだ。丸いテーブルを挟んで目の前に居る薬売りは、ブレンドコーヒーを嗜む。それはもう、優雅に。


ここはショッピングセンターの中にあるカフェ。先程ふたりで映画を見て、此処で一息入れようと立ち寄ったのだ。
普通の男女のデートに思えるそれ。このようなことになったのは、他でもないアパートの大家である花井が原因だった。


「映画のチケット?ですか」


今朝、夢香がごみを出しに行った時に花井と偶然出会い、渡されたのはペアの映画のチケットだった。いち住民である自分と一緒に行きたいのだろうかと首を捻れば、花井が「薬売りさんと一緒にどうぞ」と言ったのだ。
予想もしていなかった出来事に、そんなそんな、と驚けば、花井はお礼の気持ちなのだと言った。


「薬売りさんの頭痛薬買ったんだけど、凄く効いてねぇ!私びっくりしちゃったわ。体の調子も良いのよ、だからね。受け取って頂戴」


そこまで言われては断ることも出来ず、ありがたくその場は受け取った。しかし問題なのはこれから。
映画を観に行くとなれば、薬売りが大勢の人の目に触れることになる。それは問題なんじゃないだろうか、特殊な身なりで美しい顔立ち。人の目を引くには充分な上、本来二次元の人、だ。
そう思っていたのだが、薬売りと一緒に出かける、それ自体の行為には魅力を感じて。夢香はそれとなく薬売りに話を持ち出した。


「薬売りさん、さっき花井さんから映画のチケット貰ったんだ」
「ほう。映画、ですか」
「薬売りさんの頭痛薬が凄く効いたからそのお礼にって」
「そいつは、よかった」
「でもさ、見に行くのは……無理だよね」
「何故、です?」


気が引けるが、人目のことや、薬売りの格好のことを理由にあげる。すると薬売りは記憶を探るように視線を動かした。


「確か映画館は、この辺で一番大きな、商店街に‥ありましたよね」
「あーショッピングモールのことだよね。じゃあそう……だけど。あれ、なんで知ってるの?」
「つい昨日、その辺りに、行きましたので」
「え」


既に知らないところで行動している薬売り。失礼ながら不審者として捕まっていないことを考えれば不安はなくなり、とんとん拍子で今に至る。


「薬売りさん、映画初めて?」
「いえ、過去に一度。しかし、音も色も、無かったので」
「へぇ。じゃあ初めてに等しいね。映画の感想は?」
「……音が大きくて、少々、耳が……」


きょとん、と夢香は薬売りの尖った耳を見た。


「もしかして、人より良く聞こえるんですか?」
「聴覚は……良い方でしょうね」


動物みたいだ、とまじまじ耳を見つめる。やはり薬売りさんを動物に例えるならば、ねこだろう。
色とか見た目とかでいうなら、白くて薄茶色がかかり、ふあふあな毛並みのターキッシュバンか、でも血統書付きで美しいイメージが強いロシアンブルーでもいける。
じゃあ、ねこのように薬売りの尖った耳も可愛く動いてくれるだろうか。


「そんなに、見ていても、動きやしませんよ」
「ぎゃ!ごめんなさい!」


女らしからぬ声を上げ、慌てて視線をグラスに戻す。心理を読まれ、動揺している心を落ち着けようと息つく間も無く話題を上げた。


「じゃあさ!内容の感想は?」


今回見た映画は、香り、香水がテーマになっていた。
しかし内容は少し猟奇的。主人公が惚れた香りを求め、殺人を犯し、乙女から香水をつくるものだ。夢香の感想は単純に、作品として衝撃的で面白かったけど、後味が悪い、だった。
しかし薬売りならば違う感想を持ったかもしれない。なんせ鵺で香には深く関わっているから。香りをテーマにしてあるものは興味を持てたのではないだろうか。


「そう……ですね。人体から香を取る、というのは、興味深い」


主人公に共感したと取れる怪しい言葉に、夢香は一瞬だけ顔を強張らせた。


「冗談、です」
「ですよね…!」


冗談でいてください、との意味も込めて夢香は力強く頷く。


「でも、確かに体から香りを取ることができるなんて知らなかった。なんか実際にやると良い香りしなさそうだね」
「そう‥ですか?」
「うん。だって体が発する香りっていったら、加齢臭とか……?」
「…………」


薬売りが何か言いたげに視線を寄こし、夢香は自分が変なことを言っただろうか、とたじろいだ。


「な、なに?」
「夢香さん、それは、香りとは……言いません」
「だって…!他にある?昔はそんな嫌な体の匂いを隠すために、香水流行ったんじゃないっけ」


過去に本で知った知識を引きずり出す。だから体臭自体に良い香りのイメージは湧かないのだ。そんな部分から香りを抽出したって良い香りなんて出るわけがない。


「確かに異国の地では、体臭を隠す意図で、使用されましたが。あくまでそれは、日本人のように身を清めることを、殆どしなかったからで」
「じゃあ。人間ってもともと良い香りするんですか?」
「好き好き……ですがね」
「ふうん。あ!でも薬売りさん、何か香り付けてますよね?」


ふと思い出した。こっちの世界に帰って来る時、薬売りさんに密着して気付いた香り。
どこか甘さを感じるような良い香りだった。この際だから付けている香りについて聞いておこう、と夢香は身を乗り出した。


「付けて、いませんが」
「うそ!だって……」
「良い香り、でも、しましたか?」
「…………うん」


眉を寄せて頷く。確かに、良い香りがしたはず。


「薬の香り、かな?何か良い香りするもの持ってる?」
「一概に、持っていない、とは‥言えませんが。香の出る類は、出ないように、保管している」
「そうなの?」
「そう、です。なので……」


間を空けた薬売りを、クリームをぱくりと口に含み疑問符を浮かべた表情で夢香は眺めた。


「それが、体の香り、でしょう」
「ぶっ」


ストローをくわえていた夢香は盛大に噴出し、飛び跳ねた雫はグラスに収まりきらずテーブルに飛び散った。しかしそんなことなど気にしていられず、慌てて否定する。


「いやいや!まさか!あれだ、やっぱ薬の香りでも移ってたんだ!」


だってそうじゃないと、自分は薬売りの体の香りを好きになっていたことになってしまう。変態にも程がある。それだけは避けたい。


「そう、おっしゃるなら、それでも」
「ううう」


飛び散ったコーヒーを紙でふき取りながら、恥ずかしさで唸る。すると近くの席の女性達の会話が怪しいことに気付いた。


「あの人綺麗……」
「でもさ、どっかで見たことない?……アニメ?」


がたん、と夢香は席を立った。それで盗み見ていた人達は驚いたのか、会話が止まる。


「薬売りさん、そろそろ帰ろっか」

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