mononoke2 | ナノ
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18時頃、夢香は実希と別れ、夕飯の用意をするために家へと向かった。
今日の晩ご飯は何にしようか迷い、照り焼きチキンを思い立った。お祝いといえばチキン、という単純なイメージからだ。ケーキは流石に薬売りにお祝いを無理強いしているような気がしたため、買わずに帰った。昼に実希と食べたのだから満足だと自分に言い聞かせて。


「ただいま」
「おかえり、なさい」


薬売りも既に家に帰っていて、返ってきた返事に安心する。「晩ご飯の用意するから待ってて」そう言って夢香はキッチンへ向かった。何の気なしに薬売りの様子を見れば、ごりごりと何か薬の調合でもしているようだ。今日は沢山売れたのだろうか。


チキンの香ばしい香りが部屋に満ち、夢香はなんとかうまく出来た、と満足しながらお皿に盛る。サラダとコンソメスープとライスを用意し、台の上へと運んだ。


「‥うまそうだ」
「でしょ〜」


レシピ本通りの自信作だから、薬売りの褒め言葉に調子に乗ってしまう。にひ、と笑って夢香は手を合わせた。


「じゃあ、いただきま……」
「暫し、お待ちを」


薬売りが立ち上がり、夢香の部屋へと向かう。戻って来た薬売りの手元を見て、まさかと目を見開いた。どう見ても甘いものが入っているであろう白い四角い箱を持っていたからだ。


「え、え、嘘!」
「何も、嘘など‥ついてないじゃあ、ないですか」
「いや、何で知ってるの!」
「今朝……実希さんが」


ああ!と夢香は思った。今朝実希が薬売りに電話を変わったのは、誕生日を教えるためだったのだ。知ってもらえたのは嬉しいから、実希に心の中で感謝する。しかし面倒な思いをさせてしまっただろうかと慌てて立ち上がった。


「ありがとう!でもその時に言ってくれたら、私が自分でケーキ買って来たのに。わざわざごめんなさい」
「いえ、今朝では……ケーキなるものを買って来てください、とは、言えませんでしたから」
「……どういうこと?」
「誕生日に、ケーキを食べるというのは、花井さんに教えていただきました」
「あれ、実希に教えてもらったんじゃなかったの?」
「はい、実希さんには、夢香さんが誕生日‥としか言われませんでした、ので」


じゃあ、実希から誕生日ということを聞き、薬売りはどうするかを考えてくれたことになる。わざわざ考えてくれたことが嬉しく、祝ってくれる気持ちがあったことに、思わず目頭が熱くなった。


「……ありがとう。薬売りさんからケーキをプレゼントしてもらえるなんて、本当に嬉しい」
「ケーキはお祝いに、過ぎません‥よ」


意味深な言葉に、夢香は再び首を傾げた。すると薬売りは人差し指で、ソファの後ろを指差す。


「私からの贈り物は、アレです」


指の先を辿るように振り向いて、夢香は目を更に大きく見開いた。ソファの陰に隠れるように置かれてあったのは、大輪の花が咲いた鉢植えだったからだ。花は目も覚めるように鮮やかな桃色。その豪華な様は、薬売りの雰囲気とよく似ていた。


「わぁ、綺麗!えっと……何の花?」


花に疎いため、薬売りを伺う。


「天竺牡丹‥です」
「てんじくぼたん……へー」
「ダリア、という方が分かりますかね」
「ああ!聞いたことある。そっかぁ、これがダリアなんだ」


まじまじと眺める。花弁が幾重にも重なり、優美な花。薬売りが選んでくれたというだけで嬉しかったが、鉢植えを選んでくれたことが更にうれしかった。鉢植えと言えば、根付くという意味もある。薬売りもダリアと同じく、此処に根付いてくれればいいのに、そう思わずにはいられない。


「明日の朝、ベランダに出したので大丈夫かな?今日はよく眺めてたいし」
「そう、ですね」
「花プレゼントされたの初めて!育て方調べて大切にするね」


心から喜んでいる様子の夢香に、薬売りの口元が弧を描く。



「夢香さん、誕生日、おめでとうございます」


「うん、ありがとう、薬売りさん」


嬉しくて嬉しくて、心が震えた。
幸せな22歳の誕生日。


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11.04.26 tokika

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