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「えっと……」
咄嗟に引き止めたものの、とても口に出来ない言葉ばかりが思い浮かぶ。寂しい、ひとりになりたくない、と。
しかし酔った勢いに任せては、はしたないだけだろう。少しでも冷静さを取り戻した自分に安堵し、無理やり笑顔を浮かべ薬売りを見た。
「なんでもない、ごめん」
掴んでいた浴衣の袖を離すが、薬売りは立ち止まったまま。すると薬売りは夢香の足元にあった掛け布団を捲り、促した。
「身体が‥冷えてしまう。中へ」
「ん、ありがと」
「ああ……もう少し、奥に、詰めていただかないと」
「え?」
呆然としたのも束の間、薬売りも布団の中へと入ってくる。
「ええ!?」
大声を上げた夢香の目前で、薬売りが立てた人差し指を自らの唇に当てた。
「今宵はもう、遅い。隣接した家です、大きな声を出せば、迷惑が掛かりますよ」
「い、いやいや、これじゃ寝れないから…!」
「そう、ですか?温かいじゃあ‥ないですか」
「そうじゃなくて…!」
慌てている様子を見て、薬売りがふっと笑い、くしゃりと夢香の頭を撫ぜる。それだけで夢香は心臓を大きく鳴らしながらも心が落ち着いてしまう。これでは親離れしていない幼子のようだ。そう思って唇を尖らせ、俯いた。きっと薬売りは呼び止めた意図に気付いてしまったのだ、と。
「ズルイよ、薬売りさん」
「おや、礼を、言うべきでは?」
「言わないもんねー」
精一杯拗ねてみせるが、目元や口元が緩むのが分かる。だって、目の前にいるのはあの薬売り。
――好きな人。
「ね……嫌いになった?」
薬売りから視線を外し、問いかける。酒に溺れた見っとも無い姿を見せてしまい、不安に駆られた。しかし最低限の問いかけしか出来ない。自分が好かれるなんて思いもしないし、もう20日も経てばもとの生活に戻ってしまう。
だからせめて、薬売りに嫌われていなければ、良いのだ。それが無意識に決めた自分のハードル。
返事が返ってこないことに、不安になりながら薬売りを見上げる。
「……ねぇ」
夢香の目が見開いた。薬売りの表情が、とても悲しんでいるように見えたのだ。
そんなはずはない。悲しむ理由が無い。だが。
優しく身を寄せられ、抱かれ、薬売りの表情が見えなくなった。
……これは、同情、なのだろうか。
「よく、分かりません」
それが耳元に小さく響いた言葉。
嫌い、では無かった。
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11.03.17 tokika