mononoke2 | ナノ
02
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晩の食事を取りながら今日一日のことを夢香が問えば、薬売りは商いをしていたと答えた。
夢香はちらりと部屋の脇に置かれた薬売りの箱を見る。しかし直ぐに冷蔵庫へと視線をずらした。


「さくらんぼ、食べよっか」


浮かれた足取りで冷蔵庫まで行き、真っ赤に熟れたさくらんぼをボウルに移した。傷が付かない様に塩水でさっと洗う。
確か塩水で洗うと一層甘みが引き立つということを聞いたことがあった。


「はい、どうぞ」
「ありがたく」


夢香がソファにもたれ、目の前に置いた大粒なさくらんぼをちょいと手に取る。薬売りも手に取り、同時に口に含んだ。
ひと噛みすればじゅわと甘みが広がり、夢香は瞳を輝かせた。


「甘!すっごい美味しい!」


ぱくぱくと口に含む。そして急にぴたりと、夢香がさくらんぼを食べる手をとめた。
薬売りがどうしたのかと問うように夢香に視線を向ける。


「薬売りさん、へた結べたりする?」


素朴な疑問がぽろりと口から出てしまった。あっと思った頃にはもう遅い。
これでは単刀直入にキスが上手いかと聞いているようなものじゃないか。
夢香は慌てて弁解しようとするが、薬売りは目の前でさくらんぼの実とへたを外し、しなやかな指先で結んだ。


「こうで‥よろしいんで?」
「…………」


予想外の答えに夢香がぶはっと噴き出す。言葉が足りていなかった。


「違う違う!手を使わずに口の中で結ぶんです。手で結ぶんだったら私でもできる」
「それは……珍妙な」


知らないんだったらやらせてみたい。そう思った夢香は先を促した。


「やってみて!」
「…………」


何故期待の眼差しを向けてくるのかと、薬売りは一瞬夢香に顔を向ける。
そして、昨日「私がルールだよ」と言われたことを思い出した。
無理なことを強要している訳ではないのだから、ここは素直に要望を聞くべきだろうと判断し、また実からへたを外し口の中へ含んだ。


動かせるのは舌のみ。つまりへたは舌で結べということ。
へたを口に入れ何食わぬ表情でいる薬売りに、やはり結べてしまうのだろうなと予想を立てた夢香。
刻々と時間が経つ。不意に薬売りの眉間に皺が寄った。


種出し様に用意していたお皿を掴み、薬売りはふっとへたを吐き出した。
そこに現れたのは、何故かふたつに折れてちぎれてしまっているへた。どういうことだろうと、夢香はきょとんと薬売りを見た。


「無理です」


きっぱりと答えた薬売り。
夢香は呆気に取られ、すぐに笑った。予想外。
眉間に皺が寄ったのは、へたの渋みが出てしまったのか、はたまた無理だと噛み砕いてしまったせいか。


「これが出来たら、何か‥あったので?」
「う。いや、大したことないから」
「…………」


薬売りの視線に耐えられず、夢香は再びさくらんぼを口に含んだ。
甘い果実に口の中を満たされ、心を満たされ。
えいやと夢香もへたを口に含んだ。


後に残ったのは種とへた。
へたはまがったり千切れたり、歪な形のみ。


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09.04.29 tokika

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