人 魚 姫 ― 大詰め ―
真っ白な世界が歪みを見せる。
胃が浮かび上がるような感覚と共に、私はいつの間にか最初に閉じ込められていたはずの部屋に戻ってきていた。
刹那、意識を失ってしまいたい程の激痛まで戻ってくる。
焼けるような喉。まるで何かに押し潰されているかのような脚。
――いや、違う。
食いちぎられて痛々しい痕が残る魚の尾が、再び形を現していたのだ。
これが、私の現実……。
痛みに耐えるようと力を入れるあまり
体が僅かに震え、顔を歪ませながら必死で前方を見る。
すると飛び込んできたのは、金色の衣に映える白銀の髪を流す男の後ろ姿――。
金色の模様が彩られた手には、鞘から抜き放った退魔の剣がしっかりと握られていた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」
突如、何重にも音が重なったかのような低い叫びが耳を貫き
男越しに、とても奇怪なものが姿を現した。
全身が鱗に覆われた得体の知れないそれは大きな体を揺らし、ひとりで何かに苦しんでいるかのようにのたうちまわる。
その際、体を畳に打ち付け何かが剥がれ落ちた。
(あれは……薬売りの!?)
畳に落ちていたのは焦げたように黒くぼろぼろになった紙。
未だに苦しみもがく目前のものを驚いてよく見れば、
体の至る所に赤い文字を浮かび上がらせた――薬売りの札が貼り付いていた。
しかし徐々に朽ちているようだ。
薬売りがその札を使ったのを見たのは一度きり……
人魚の肉片を口にした綾織さんに向けて放ったものだけ。
(もしかして……綾織さん!?)
綾織さんと思えるような形どころか、人間らしい部分さえ残っていないため決めつけられないが
それ以外に考えられなかった。
「……綾織さん…っ!」
困惑から無意識に呼んだ名。
それはとても掠れて小さかったが、
確かに声となり、自分の耳にも届いた。
得体の知れないものがぴたりと動きを止める。
目のように見える赤く丸いものが、じろりとこちらを向くと同時に、
体に付いていた全ての札が燃え尽きるようにざぁっと消え去った。
瞬間、男が退魔の剣を持つ手に力を入れる。
一転の迷いも無いまま、なぎ払うように大きく退魔の剣を一振りし、
奇怪な形をした目の前のものを、一瞬にして花火の如く美しく散らす。
『――――…!…すご‥いっ』
今まで生きてきて、これ程までに美しいものを見たことがあっただろうか。
全身の毛が逆立つかのように、空気を振動してぴりぴりと静電気のようなものが体中を駆け巡る……
それほどに、眩く美しい光の花が舞った。