mononoke | ナノ
人 魚  ― 四の幕 ―


脚が在るはずの場所に形を成すのは魚の尾びれ。
私の体と繋がるソレを見た薬売りは
“人魚”と口にする。


呼応するようにカチンと鳴る音。
気付けばいつの間にか薬売りの手には退魔の剣が握られていた。


私の姿を見て、まるで時間が止まったかのように女三人は固まる。
だが綾織さんは直ぐに怯えきった様子で声を上げた。


「ば、ばば化け物っ!いやぁっ!!」


そのまま部屋を出て行こうと、雪埜さんとひの依さんを押し退けふたりの間を通り抜ける。
敷居を越えるため、あと一歩を踏み出そうとしたその時
開かれていた障子がばしん!と勢いよく閉まった。


「ひッ!!」


目の前でひとりでに閉まった障子に綾織さんは驚き、
腰を抜かしその場に尻餅をつく。
女ふたりも何が起こったのか頭が追いつかないようで、障子を唖然と見つめた。


「此処からは、出られませんよ」


部屋に響き渡る薬売りの落ち着き払った声。
するとその言葉を聞いた雪埜さんが
「何でだい!あんた何かしたのかい!?」と、
客に対して遣う言葉などすっかり忘れ、声を張り上げた。


「いえ、私は‥何も。
此処は既にモノノ怪の領域。よってモノノ怪の仕業……」
「もののけ…って……」


皆の注目が私に集まる。……当たり前だ。
モノノ怪と言われて当てはまるのは、魚の尾を生やしてしまっている私しか今は存在しなかった。


――でも私は人間だ。
モノノ怪の世界に来るまでは、ごく普通に生活をしていたし、
怪現象に見舞われたことだってこれまで一度たりとも無い。
そんな私がモノノ怪、しかも人魚だなんて……ありえない。


『違う…!私じゃない!』


必死になって首を振り、出ない言葉を紡ぐ。


「モノノ怪の形はあんただ。夢香さん」
『……ッ!』


無情にも薬売りにはっきりと告げられ、違うと否定できなくなる。
確かに……剣も反応を示したのだからそうなるのだろう。
そのままうな垂れれば、受け入れられない悔しさから瞳にじわりと涙が溜まっていく。


「そ、それで…!これからどうするのよ!!
この化け物を…っ!」


すっかり取り乱してしまい、ありんす言葉を言う余裕の無い綾織さんが声を上げれば
薬売りは当たり前の如く、私が一番聞きたくない言葉を口にした。



「斬りますよ」



――――っ!!



私の人生は薬売りに斬られて終わりを迎えるらしい。
想像もしていなかった現実離れな最後。
薬売りが好きとはいえ、斬られて死ぬことが出来るなんて幸せ……だなんて思えない。
なんせ自分はまだ21歳。人生これからのはずだ。
嫌だ嫌だと思うのと同時に、痛みはあるのだろうか……と、
斬られることを前提に考えてしまう自分に泣けてくる。


「その手に持ってる刀で斬るんでしょ!?
じゃあ早く斬ってよ…!気持ち悪くてたまらない!!」


綾織さんの声は私への拒絶だった。
蔑みの目で見られているのは、俯いている私でも痛いくらいに分かる。


「今すぐには無理です。何故ならこの剣を抜くには、条件がある」
「は…!?」
「モノノ怪の形、真、理が揃わなければ
……退魔の剣は抜けない」
「なによそれ…っ!そんなまどろっこしいの…!訳分かんないわよ!!」


薬売りは皆に向き直る。


「真とは、事の有り様。理とは、心の有り様」


薬売りはゆっくりと、退魔の剣を持つ左手を顔の前まで持っていく。


「モノノ怪の形を為すのは、人の因果と縁。
よって皆々様“真”と“理”
お聞かせ願いたく、候――」


掲げられた退魔の剣が、リンと強く鳴った。

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