mononoke | ナノ
髪をまとめられ、化粧を施され……
ひの依さんから手渡された手鏡に自分の姿を映せば、そこにはもう慣れ親しんだいつもの自分はいなくなっていた。


(……化粧や着るもので、人ってこんなにも変わるんだ)


まるで時代劇から出てきてしまったかのような、雅やかな自分に目を丸くする。
普段の自分には色気が無いと思うが、遊女の形[なり]に仕立て上げられた今の自分には少なからず色が見て取れた。
しかしそれによってこれから起こることが想像され、恐ろしくも思う。
すると肩にひの依さんの手が乗せられた。


「驚いた。あなたとっても美しいわ。
あんまり口を大きくして言えないけれど、容姿は花扇さんと並ぶんじゃないかしら」


普通に嬉しい褒め言葉なんだろうけれど、先程から目まぐるしく起こる現状についていくのが精一杯で苦笑する。
それに合わせ、今は日本髪となった頭に飾られた簪[かんざし]がしゃらんと鳴る。


「さ。花扇さんのお部屋に行きましょう」




ひの依さんの後について行けば、ひとつの部屋に通される。
部屋に通される直前、ひの依さんから「入ったら正面にいらっしゃる花扇さんの前に座って、頭を下げてね」と教えられ、その通りにする。
失礼な振る舞いをせずにすんだようだ。部屋の外で待つひの依さんに心の中で感謝する。


「顔を上げてくんなまし」


花扇さんと思われる高い声に言われ、ゆっくりと頭を上げる。すると豪華なまでに美しい人物が目に入った。
結った髪は扇のように広がりを魅せ、高貴なまでに沢山の簪が飾る。
肌は陶器のように白く、容姿は作られた人形のように整っていて。
どこか人為らざる雰囲気を感じる程に美しかった。
先程ひの依さんにこの人と並ぶ美しさと言われたことは、お世辞だろう……そうとしか思えなかった。
花扇さんが口元を緩ませ、優雅に語る。


「まぁ、愛らしい。
名前は何というんでありんす?」
『あ…っ日比野 夢香……』


自分が今声が出ないことも忘れ、咄嗟に名前を口にする。
すると気付かなかったが、私の横に控えていたらしい雪埜さんが反応した。


「ああ!いけない。名前を与えてなかったね!
花扇、こいつは口が利けなくてね」


花扇が私を見る。口元には何故か笑みが見て取れた。


「声が出せぬのか。
然すれば名は“椿”しかありんせん」


――椿?


なんで椿しかないんだろう。
そう思えば、雪埜さんが驚いたように目を剥いていた。


「花扇、そりゃあ…ちょっと……」
「似合うておるではないか。
いいか、ぬしの名は今日から椿じゃ」


雪埜さんは小さい溜息を漏らし、渋々了承したのか「分かったかい、椿」と私を呼んだ。
それに頷きを返す。満足そうに見つめる花扇さんがゆるりと立ち上がった。
そのまま私の元まで来て、私の頬に白く柔らかな手を添える。


「椿、此処では女は美しく居られる。娑婆[しゃば]に出れば只の人に落ちようぞ。
此処に来るまでに色々あったでありんしょうが、これから誇りを持ち此処で生きることじゃ。
二の舞にならぬよう――」
「…………」


二の舞?何か……あったのだろうか。
椿と呼ばれるようになってから感じる違和感に、私は不安を覚えた。

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