mononoke | ナノ
「そんなこと言ったって、こいつは今日買ったばかりの新入りだ!
あたしらが真や理なんて知るわけないだろう!?」


雪埜さんの声だ。
ぼんやりと心ここに在らずでその言葉を耳にしていたが、
いきなり肩に何か乗った感じがして驚いて顔を上げた。


「そうです!だから斬ることはできないでしょう!
さっきから……
つ、椿は目に見えて悪いことなんてしてないじゃない!
斬る道理が無いわ!」

『……なんで』


ひの依さんが私の肩に手を乗せ、薬売りを睨み上げていた。
困惑しながらひの依さんを見れば、少し悲しげな笑みを向けられた。


「ごめんね、友達なのに……怖がって。
もう大丈夫だから」


――――嬉しい。


堪えていた涙が溢れ、ぼろぼろと落ちる。


「モノノ怪は……人の世に在ってはならぬもの。
よって斬らねばならぬ」
「――っ!」
「ところで……貴女が一瞬言うのをためらった“椿”という名には‥何か理由でも?」


薬売りの問いに、ひの依さんだけではなく
雪埜さんと綾織さんまでもが反応を見せ、顔を強張らせた。


「どうやら……皆さん心当たりがおありなようで。
聞かせて‥貰えませんかね?」


雪埜さんがわなわなと震え、薬売りを睨みつける。


「知らないよ!もう帰っとくれ!!」
「そう‥言われましても。
私も此処から出ることは……できませんので」
「くっ……」
「貴女方が真実を話さない限り、此処から出ることは……できない」


私の肩に乗せられていたひの依さんの手に、
ほんの少し力が入ったのが分かった。
そしてひの依さんは思いつめたようにためらいながら口を開いた。


「椿……という名は、昔此処にいたある遊女に使われていた源氏名。
只、それだけのことです」
「ほう……。ならばその人は今‥何処に?」
「……っ亡くなりました」


亡くなった方の源氏名。
花魁の花扇さんは、声の出せない私に対して「然すれば名は椿しかありんせん」と言った。
更に「二の舞にならぬよう……」と、含みのある言葉もかけられた。


私の中でひとつの予想が生まれる。


――椿さんも声が出なかった?



『…!!こほっ!けほっ…!』


急に喉が痛くなり、思わず咳き込む。
ひの依さんが驚いて私の背中をさすってくれ、喉を押さえながらありがとうの意味を込めて笑顔をつくる。


(痛い…っ喉が焼けるみたい…!!)


そのまま咳き込んで前のめりになる。
すると魚の尾を確認する際、薬売りに着物の裾を引っ張られたせいで帯が緩んでしまっていたのか
帯に隠し持っていた人魚姫の絵本が、ぱさりと畳の上に落ちる。


しまった……と思う余裕も無く、それを視界に納めれば


「ぎゃぁぁぁーーっ!」


綾織さんの悲鳴がまた上がった。
喉の痛みに耐えながら、なんで綾織さんが悲鳴を上げるのかと疑問に思いながら顔を上げる。
すると体が貼り付いてしまったのではないかと思えるほどに、壁に身を寄せていた。


薬売りが私のもとまで近寄り、目の前に落ちた色鮮やかな絵本を手に取った。


「本……いや、絵本‥か」


パラパラと流し見る薬売り。


「成る程、異国の人魚
――人魚姫‥の、お話ですね」

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