samurai7 | ナノ
09
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――まさか俺がこの役を引き受けることになるとは。


ボウガンは膳を片手に、ウキョウの部屋の前で立ち止まった。


先刻――…
ボウガンが廊下を歩いていれば、酷く慌てたアヤマロと、
その後を付いていくキュウゾウ、ヒョーゴとすれ違った。


只ならぬことでもあったのだろうか。
そう考えていれば、ボウガンの主であるウキョウまでも同じ方向へ向かってくる。


ボウガンはすれ違う時、礼儀として一礼しようとするが
「ああ、ちょうどよいね〜」とウキョウは目の前で立ち止まった。


「女中がそろそろ晩御飯を用意してるはずだから、
僕の部屋にいる女の子に運んどいて〜」
「は……」
「そうそう、それから……
そのこが逃げないように、僕が戻るまで扉の外で控えててよ」


そう言うなり、ウキョウはその場を去っていった。


そして、今に至る。
ウキョウの言う女の子とは、農民の娘か、ユメカという女か……
できれば後者でないことを、俄かにボウガンは願っていた。


膳を持っていない右手で一応ノックをしようと扉に手を伸ばす。
だがその手が触れる直前に、扉が少しだけ開いた。


「……うわっ!!」


――バタン


「…………」


扉の隙間から顔を覗かせ、ボウガンと一瞬目が合い驚きの声を上げたのは、紛れもなくユメカだった。
すぐに閉まった扉に溜め息を漏らしつつ、
ボウガンは自分の手で再び扉を開けた。


「よォ。今逃げようとしてただろ」


ユメカは目を泳がせる。
だがごまかしようが無く、観念して苦笑いとなった。


「脅かさないでよ……。
でも見られたのがボウガンでよかった」
「……何で良いんだ。
俺はお前を一度怖い目にあわせてるだろーが」


ボウガンは安心される意味が分からない、と眉を寄せる。
一方ユメカはきょとんとした後、すぐに笑い返した。


「そうだけど、なんとなく」
「はっ、変な奴」


ボウガンが思わず笑みを漏らす。
その屈託無い笑みが、ユメカに悪い人じゃないと思わせるには充分な理由だったが、ボウガン自身は気付かない。


「とりあえず逃げるのは止めとけ。
普通の女が此処から逃げるなんてまず無理だ」
「……どんな風に無理なの」
「唯一対岸に通ずる大門は閉め切られているうえ、門番が見張ってるし。
敷地の周りは殆ど崖だ」


ユメカはがっくりと肩を落とす。
ボウガンは「まぁ、そこに座れ」と、ウキョウの部屋にある椅子を指した。
ユメカが言われるままに椅子に座れば、目の前のテーブルに膳を置く。


「今日の晩飯だ」


美しく盛り付けられた、贅沢な料理の数々。
だが食べる気になれず、ユメカは首を横に振った。
ボウガンはどうしたものか……と溜息を吐く。


「とりあえず食っとけ。
腹が減ってたら、いざという時何もできないぞ」


ボウガンの言葉に、確かにそれは困る、と
しぶしぶユメカは箸に手を伸ばした。
その様子に安心し、ボウガンは部屋を出ようとする。


「もう行っちゃうの?」
「ああ」


部屋の前で見張りということになるが、肯定の返事を返す。


「お話したいから……まだ行かないで」


アニメではウキョウのサイボーグ用心棒として少ししか出ず、
全くと言っていいほど知らなかったボウガン男。
それが、こうして関わったことで想像もしなかった素顔を知り
ユメカはいつの間にか強く惹かれていた。


ボウガンは暫し考え、少しだけならと立ち止まった。
ユメカは喜び、お礼を言う。
そしてずっと気掛かりだったボウガンの左腕に注目した。


「腕、もう大丈夫なんだよね?」
「あぁ、もともと改造して機械だったからな」
「そっかぁ、よかった」


カンベエに斬り落とされたボウガンの左腕は、
そのような出来事は無かったかのように今は存在している。
先程まで膳を持っていたから、本当に大丈夫なのだろう。
あの後ボウガンがどうなったのか心配だったため、ユメカは心底ほっとした。
一方その様子を見たボウガンは眉根を寄せて怪訝そうに呟く。


「お前……本当に変な奴だなァ」
「なっ失礼な…!」
「普通の奴はそこまで敵のこと気にしないだろーが」


余りにユメカがお人好しなため
呆れたように、しかし心配されていたという慣れない事実に正直少し嬉しさが混じり、
ボウガンの口元が小さく弧を描いた。
しかし喜んでいる自分に気付いたボウガンは、隠すように一瞬下を向いて緩んだ口元を引き締める。
そんな小さな動作に鮮やかなピンク色の長い髪がさらりと動き、改めてユメカの目についた。


「ねぇ、そのピンクの髪って地毛?」
「まさか、染めてるさ。本来真っ黒なんでね」
「へー!そうなんだ!」


お洒落な人なんだとユメカは認識し、
黒髪もきっと似合うだろうから見てみたい、と少しばかり興味を持った。
そのまま普通の会話に夢中になってしまいそうになるが、
はっとして本当に聞いてみたかったことを口にした。


「名前は何ていうの?
ボウガン男……って呼ばれてるけど、それはあだ名みたいなものだよね?」

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