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戦が終わり、ひと月経った日の早朝――鎮守の森は白い霧の様な雲に覆われ、朝日が届かない青白い景色となっていた。
「キララちゃん早いね」
もう冬と呼べる季節になっているのか、キララに掛けた言葉と同時に息が白く変化する。
「ユメカさん、おはようございます」
「おはよう、水汲み?運ぶの手伝うよ」
「ありがとうございます」
キララが汲んだ水瓶を持ち上げようとした時だった。ドスドスとこちらに向かってくる足音が聞こえてきて、ふたりとも背後の森を振り向く。
「郵便でーす!」
早亀に乗った少女だ。便りが届くとしたら、今ここに居ないサムライからとしか考えられない。
キララとユメカは目を合わせる。ずっと待っていた知らせ。
早亀の少女は目の前まで来ると、ひょいと早亀の背から飛び降り、二通の手紙を差し出した。キララが受け取り丁寧にお辞儀を返す。
「ご苦労様です」
「いえいえ。しかし、大変でしたね」
「え……?」
いきなりの言葉にキララが目を丸くすると、少女は続ける。
「先月のサムライの謀反ですよ。危なくカンナ村も戦に巻き込まれるところだったらしいじゃないですか」
「…………」
「折角ウキョウ様が天主様になって、世の中が良くなろうとしてる時だったのに……残念ですよね」
「……!そんなっ」
事が捻れて伝わっている。キララが否定をしようと声を上げかけたのをユメカはすかさず遮る。
「そうですね!とにかく今は自分達の生活でいっぱいいっぱいですよ」
ユメカの発言に少女は「私もです、とにかく今は働くしかないって感じですね」と言いながら早亀の背に飛び乗る。そして再び景気の良いかけ声とともに、来た道を帰っていった。
「なぜ……」
キララは悲しげにユメカを見る。でたらめな内容を正そうとしたのに。
「悔しいけど、本当の事を言ったら駄目だと思うよ……。今回の事、カンナ村がサムライを雇ったのが切っ掛けで起こった戦だったって伝わったら、世の中を敵に回すことになる。この世界にとって、ウキョウは良い天主のままだったから……」
はっとしたキララの瞳が伏せられる。
「私達の罪さえも、闘って下さった皆様に、なすり付けなければならないのですね……」
「結果こうなることは、皆分かってたと思う」
支持されている世の統治者の首を取ったのだから、逆賊と言われるのは仕方の無いこと。頭では分かっていても、ユメカも悔しくて仕方なかった。