samurai7 | ナノ
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月明かりのみが頼りな薄暗い路地を、式杜人が何かに怯えながら走っていた。
正確には式杜人の衣服を纏ったアヤマロ。彼はかつて虹雅峡の差配だったが、今や天主となった息子ウキョウの指示により、都で御蔵番として働かされるまでに堕ちていた。
そこに起こったカンベエの打ち首回避と女開放。同時にキララやカツシロウ、キクチヨが式杜人の格好で都に乗り込んだこともあり、都は混乱を来たした。その時、人質として連れ回されていたアヤマロに気付いたテッサイが、そっと耳打ちしていた。


「この機に乗じて、きゃつらと共にお逃げ下さい」


かつて自分に仕えた男の言葉に、震えながら小さくなっていたアヤマロは顔を上げる。虹雅峡をも統べる人物であったアヤマロがこのまま御蔵番でいることが、テッサイは不憫でしかたなかったのだ。


「ならばテッサイ、そちも……」
「自分は行く訳には参りません。今は若に仕える身。若には申し伝えましょう、御前はきゃつらの盾として連れ出されたと」


テッサイは誠のサムライ。主君に仕える事こそ本望とするため、アヤマロはそれ以上何も言うことはできなかった。
しかし逃げたところで、ウキョウが探せばすぐに見つかるに決まっている。そう諦めの言葉を発したところ、テッサイから「畏れながら御前はもう若にとって必要ではないのです」と告げられ、ぽっかりと心に穴が空いてしまったかのような衝撃を受けたのだった。


そして今に至る。農民とサムライが都に侵入する時に使った式杜人の衣服を拝借し、身ひとつで逃げてきた。
今まで親身になって育ててきた息子に寝首を掻かれ、なんと哀れなことか。しかしアヤマロはいつかこのような日がくるのかもしれないと、うすうす頭の片隅で分かっていたのかもしれない。何故ならウキョウは癒やしの里で拾った赤の他人。妻子を持たないアヤマロが苦渋の決断で、自らの目を信じて選んだ跡取りなのだ。人を見定める目は確かにあった。商人のいろはを教えればウキョウはすぐに身につける、才のある子だったからだ。しかし、ありすぎた。それもそのはず、真の姿は天主の複製。それも、先代を陥れ自ら天主に君臨する程の。


これから何処に行けば良いのか。もう虹雅峡に居ることは出来ない。途方に暮れながらも、脂肪を揺らしとにかく走っていたアヤマロの目の前に、追い打ちをかけるように黒い影が遮った。


「ひい!」


慌てて向きを変え、階段を上ろうとすれば脂肪が邪魔になり足元を滑らせ転んでしまう。地面を見つめるアヤマロの視界に影が落ちる。恐る恐る顔を上げれば、モヒカン男が立っていた。手には月明かりで嫌でも分かる刀が握られている。


「う、ウキョウの差し金かえ!」


ウキョウに探されることは無い、とテッサイは言っていたが、目の前に立つのは確かに柄の悪いウキョウの手下の一人だった。薄ら笑いを浮かべたモヒカン男が刀を振りかざす。
バサリと斬られ、鮮血が飛び散る。しかしそれはアヤマロの後方で起きた出来事だった。


アヤマロが振り向くよりも早く、目前に赤が飛び込んでくる。


「キュウ……ゾウ」


モヒカンは首筋に刃先を当てられ、苦しげな声を漏らす。
キュウゾウはアヤマロの後方にいた敵を斬り捨て、かつての主君を護るかのように、モヒカンに迫ったのだ。


「温情を謳いながら全て消すつもりか」
「貴様には……関係、ねえ」


モヒカンの答えにキュウゾウは表情を変えない。
冷や汗を流すモヒカンを真っ直ぐ捉え、偽りは許さぬと言わんばかりに、ようやく目が細められる。


「昼間、此方を伺っていたのはお前か」


モヒカンが眉間に皺を寄せる。


「は……?知らねえよ」


昼間ユメカと会い、ボウガンと対峙した時、こちらを伺う人影があった。キュウゾウは気付き追いかけたのだが、うまく撒かれてしまった。
伺う理由があるとすれば、ウキョウの手下だと思うのだが。


「…………」


死を目前にして、嘘をつく程の玉では無い。キュウゾウが刀を下ろせば、モヒカンがその場に膝を付いた。


これ以上得られる情報は無い。そう思い、この場を後にしようとしたが、ふと思いとどまる。振り向くと同時、月に反射された刀の光が下から上へと一線を描いた。
モヒカンは悲鳴を上げる間も無く地に倒れる。いずれ敵として向かってくる奴を生かして置く理由が無い。キュウゾウは刀を鞘に収めると今度こそ駆け出した。


「待って、待ってたも!」


呆然と尻餅をついていたアヤマロが、とっさにキュウゾウを引き留めようと立ち上がる。


「キュウゾウ…!」


かつて用心棒をしてくれた信頼の置ける存在。
立場を失い、ヒョーゴやテッサイも失い、頼りにできるのは彼だけ。
今まさに、自分を助けてくれたではないか。そう思い、アヤマロはおぼつかない脚で必死にその背を追いかけた。


静かになった路地。
闇に潜んでいた男が薄く笑った。ゴーグル越しに仲間であったモヒカンの骸を一瞥し、彼もまた立ち去った。コマを先に進めるために。

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