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次第に勢いを増してきた雨はまぶたを打ちつけ、視界を奪う。ぬかるんだ地面に足を取られ、跳ね返った泥で足元をぐちゃぐちゃにしながら、それでもユメカは懸命に広場を目指して走っていた。
――ごめん、キュウゾウ…!
罪悪感が胸の内を支配する。キュウゾウに言えなかったからだ。
陳守の森、雨に紛れ野伏せりが来ることを察知したキュウゾウは、瞬時にユメカへ鋭い眼を向けた。
「水分りの社、行けるな」
此処から近い場所にある水分りの社。ユメカの身を案じ、キュウゾウはひとりで行けるか、と確かめてきたのだ。しかしユメカは今回の戦でカンベエの近くに居るつもりでいる。
紅い瞳に戦に対する熱を宿しているにも関わらず自分のことを気にかけてくれるキュウゾウに、これからどうするつもりでいる、という言葉は言えず頷いてしまった。
「大丈夫、ひとりで行けるから」
その一言を聞き、キュウゾウはユメカをその場に残し駆け出した。
「カンベエ!」
やっとの思いで広場へ辿りつけば、シチロージが傘を差しカンベエの身と広げた地図を豪雨から守っていた。
「もう野伏せりが来ている!早く身を隠せ!」
「うん!」
カンベエの言葉に頷き、目に付いた水車小屋の中へ入る。明かりも点けられていない部屋は夜の闇に溶け込んでいて、やけに肌寒く感じた。
外の様子は把握しておかなくてはいけないし、この小屋が危険になれば、一目散に逃げて場所を変えなければならない。戦の邪魔にはならないよう、神経を張りながらこっそりと戸に隙間を空けて外をうかがうと、誰も居ないと思っていた後方から「ユメカ」と名を呼ばれたため、肩をビクリと震わせて振り向いた。
すると外から差し込んだ篝火の光がその人物が誰であるか映し出し、ほっと胸を撫で下ろした。
「……ギサクさん」
キララに爺様と呼ばれる村の長老の姿。しかし此処にいる違和感に気付く。
「ここは危険ですよ。水分りの社に行かないんですか?」
「儂は野伏せり殺るんを、この目にしっかり刻み付けるだで。そんで、お前さんはなんで危険っつうここにおるだ」
「私は……」
その時、爆発音と続けて地響きが襲った。野伏せりが矢流弾を使い、戦火の勢いが増したのだろう。
未来を変えると意気込んでいるとはいえ、やはり戦のど真ん中に身を置くという行為は恐ろしい。いずれここまで野伏せりが来る。恐怖で震えそうになる手をぎゅっと握りしめた。
「私は、自分にできることをやりたいから」
「……そうか。そん言葉、ヒカリとそっくりだで」
「ヒカリ?」
「導きの巫女、お前さんの母だで」
「…………」
初めて聞いた導きの巫女の名。こちらに自分の存在を認めさせる、母の存在。
「でも……導きの力は、もう無いですから」
そう言って首にかけていながら服の下に隠していた石を見せる。白く濁りをみせるそれは、自分の犯した罪を表す。
「巫女。石に惑わされてはならんど」
「え。それってどういう……」
会話の途中、外が騒がしくなった。雨の音以上に大きく聞こえる複数の早亀の足音と、近くに響く爆発音。
急いで隙間から外を伺えば、複数の小屋から火の手があがり、カンベエとシチロージは抜刀し、ここまで来た敵と既に交戦が始まっていた。
二人は絶妙な立ち回りでミミズクを斬り伏せていき、野伏せりの死体がみるみるうちに広場に増えていく。一瞬の間に命が失われていく壮絶な光景。
自分が野伏せりの命を奪った、あの感触が蘇る。恐怖でカラカラに口の中が乾いていくのが分かり、ユメカは呼吸を忘れその光景を眺めた。第一陣の野伏せりがふたりの手によって全て屍と化した時、カツシロウが報告にカンベエの元まで駆け寄ってきた。サムライの持ち場を伝令役として駆け回っているカツシロウの息は荒い。
「ここまでっ、各持ち場、都合ミミズク十二!ヤカン五!」
カンベエが地図の端に書いた正の字を赤い墨でなぞっていく。戦況を把握するためだ。
その最中、キクチヨとゴロベエが姿を現した。
「キクチヨ!持ち場はどうした!」
攻めこんでくるのを崖で食い止める役であったキクチヨが此処まで来るのはおかしい。シチロージが問えば、キクチヨは「刀が折れちまったんだよ!」と叫んで返し、刃こぼれした時の予備にと地に刺していた刀を手に取る。
普段キクチヨが手にしているものと比べ小さいためか、キュウゾウと同じように二刀を手に取った。
「こんなわやくちゃだってのに、持ち場もへったくれもあるかってんだ!」
次の瞬間、近くで爆発が起こった。鉄砲によるものだ。爆煙の向こうに見えたのは、青く巨大な機械の姿。
「雷電」