samurai7 | ナノ
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「あれー!何でいないわけぇ」


ウキョウの言葉に、テッサイがその場の様子を調べて答えを返す。


「下に水路があるようですな」
「じゃあ追っちゃえ」
「船に逃げ込まれては終わりです。
我らは違うところから船を用意せねば」
「ふーん……そうだねぇ」


ウキョウがユメカの頭を撫でたため、驚いて小さく肩が跳ねる。
その様子にウキョウはくすりと笑った。


「ユメカくんは連れていけないよね〜。
せっかくこっちに戻ってきたのに、向こう側に行く機会をつくっちゃうことになるもんね」
「…………」
「ボウガーン、またユメカくんを見張ってて。
僕達はキララくんを連れてくるから」


そう言うとユメカを掴んでいた手を放し、皆を引き連れ足早にこの場を去っていった。
ボウガンとふたりきりになったユメカは、緊張が解けたかのように息を吐く。
しかしボウガンも何故か同じように溜息を吐いた。


「お前なぁ、せっかく逃げたってのに……何また捕まってんだよ」
「……。だって」


もっともなことを言われ、情けなさからむっとむくれる。
だって、といったものの続く言葉は無い。
その様子に再びボウガンは呆れる。


「怪我は」
「え?」
「逃げるときに怪我したんだろーが。どこを怪我したんだ」
「あ、ああ。太ももをちょっと。でも平気だよ…!ヒョーゴが…あ!」


怪我をしたことを知っていることに驚き、
戸惑いながら説明をしたため思わず言わなくていいことまで言ってしまった。
ボウガンの目が見開かれる。


「ヒョーゴさんが?」
「…いや。あはは」
「知り合いか?」
「う……うん。ほら、ヒョーゴはカンベエと戦ったし。
怪我した時に丁度ヒョーゴが通りかかって、助けてくれたんだ」
「じゃあ……ユメカを逃がしたのもヒョーゴさんが」
「違うよキュウゾ…っ」


言いかけてうな垂れる。
どうして自分は勢いでぽんぽんと喋ってしまうのか。
ボウガン相手だから良いものの、この口の軽さを治さなければ仲間にいつか危害が及んでしまうだろう。


「まさか。キュウゾウが?」
「…………」


名前の殆どを言ってしまったため、ユメカは素直に頷きを返した。
ボウガンが驚いたように少し口を開いていたが、不意に顔をしかめ腕を引いてくる。


「行くぞ」
「行くって……何処に?」
「ユメカの仲間のもとだ」
「ちょっ…!」


驚いて腕を引き返して足を止める。


「そんなことしたらボウガンが裏切り者になる!駄目だよ」
「構わないね。俺が決めたことだ」
「駄目…!ボウガンまで危険な目に合うことになる」
「…………はぁ」


向かい合い、ボウガンが腰を屈めた。
目線の高さが同じになったと同時に、ユメカの額に軽い衝撃。
徐々にソコはじんじんと痛んでくる。


「いたい……」


何をされたのか理解した。でこピンだ。
目の前にある機械ではない方の手を恨めしげに見る。


「これで少しは目ェ覚めただろ。
お前は人のことばっか考えすぎ。
俺は大丈夫だ。気にするな」
「……っ」


「ボウガン殿!」


いきなり耳に届いた声。
ボウガンは屈めていた姿勢を元に戻し、呼ばれた方に向き直った。
するとオカッパ頭が特徴的な、かむろ衆と呼ばれるひとりが、ふたりの元に走り寄って来た。


「ボウガン殿、若様はどちらに…?」
「あぁ、まだもう1人の娘を追って水路だ。
じきに戻って来られる」
「では、戻られましたらお伝え下さい。
御前様が早急に戻られますようおっしゃっておりますので、
直ぐに昇降機までいらっしゃいますよう」
「わかった。伝えよう」
「ありがとうございます」


ぺこりと会釈をしたことで、切り揃えられた柔らかそうな髪が動きに合わせてさらりと動く。
ユメカは癖毛なためつい憧れてその様子に見とれれば、
かむろが姿勢を戻す時にユメカをちらりと見たため、突然視線が交わった。
かむろも視線を不意にやっただけで目が合うとは思っていなかったのか、
三白眼を見開き、まるで猫のように髪が少し逆立った。


「……!」


かむろの顔がぼっと赤みを増す。


「?」
「あ…あの…っ失礼します…!!」


ユメカにまで勢いよく会釈をしたかと思うと、慌てたように来た道を走って戻っていく。
途中小石に足を捕られて、つまづきそうにになったため
はらはらとしながらユメカはその姿を見送った。


「あーあ。何やってんだか」
「……なんか小動物みたいでかわいい」


思ったままの感想を言うと、ボウガンが小さく噴き出した。


「ロクタはそうだな。まるで人懐っこい猫だ」
「ロクタ?」
「あいつの名前。かむろに入ってまだ1年も経ってない新人だ」
「へぇ、ロクタかぁ」


かむろ衆は皆同じ格好をしているため、ひとりひとりを考えたことなどなかったが
当たり前ながらその中でも個性はあるだろう。
ロクタという名の彼は、自分と同じくらいの背丈だったため
きっとかむろ衆の中では小柄な方だ。
名前を聞けたことはとても新鮮で、名前に数字の6があるという思わぬ発見に嬉しくなってユメカは笑みを零した。


「そうだ。ロクタの伝言を伝えないとだから、ここから離れられないね」
「あー……」
「後輩の信頼は守ってあげて。私は隙を狙って勝手に逃げるから大丈夫」
「……ならば」


言いかけて、ユメカの頭の上に手をぽんと軽く乗せた。
よく頭に手を乗せるゴロベエとはまた違い、一回り小さく感じられる掌。
大きい掌に包み込まれる安心感とも違い、ユメカにはとても優しく感じられた。


「次出逢った時こそは、俺の好きなようにするからな」


ニィと口の両端を吊り上げ、すこし意地悪でも思いついたかのように、高い位置から見下ろす笑みを向ける。
しかし表情とは裏腹に、言っていることはユメカを助けるという意味に聞こえる。


――ああ、気付いてしまった。
彼は本当に優しい。
先程から決して機械の手では触れてこない。


頭の上に乗せられた体温のある掌にユメカはほっこりと喜びを感じ、うん、と頷いた。

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