samurai7 | ナノ
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案の定、直ぐに虹雅峡を出立することとなった。
向かう先は下。
ユメカにとって唯一の荷物である学校の鞄を肩に掛けた時、キララが近寄る。


「えっと……イチ‥さん」


戸惑いながら偽名を呼ぶキララの頬が、少しだけ赤みを帯びた。


「ああ…っ、違和感あったら別にそっちの名前で呼ばなくても…!」


咄嗟に考えた男の名前は無性に慣れないため、
ユメカは別にもういつも通りに呼んで貰って構わなかったのだが
キララは「いえ…!」と、首を横に振った。


「あの、脚は……大丈夫ですか?」
「……そういえば。
大丈夫だよ、今まで忘れてたし」


起きた瞬間は痛みがあったのだが、今はもう殆ど無くなってきていた。
心配してくれてたことに嬉しくなってユメカがにこりと笑顔を浮かべれば、キララはほっとしたように穏やかな表情になる。
すると周りを伺っていたマサムネが口を開いた。


「よし、みんな準備出来たな。俺の後に着いてきてくれ。昇降列車まで案内するぜぇ。
そうそう、キクの字は責任持って一番最後に来いよ」
「当ったり前よう!俺様自分のしでかしたことには、きっちり落とし前をつけるでござる。
殿[しんがり]は俺様が勤めるぜ!」


名誉挽回といわんばかりにキクチヨが意気込む。
サムライと認められないまま同行することになったカツシロウとキクチヨだったが、不平不満を言う時間も無く
直ぐそこまで迫るサムライ狩りに見付からぬよう、皆早々と工房を後にした。
















昇降列車までくれば、マサムネとのお別れはあっという間だった。
サムライ狩りをするかむろ衆に見付かってしまい、一行は逃げるように古い昇降列車に乗り
まるで落ちるように下へと向かう。


しかし今だに追ってくるかむろ衆とヤカンの目をごまかすため
カンベエの策が巡り、煙幕が焚かれ、昇降列車はふたつに切り離された。
ユメカ達は貨車部分から停車場に飛び降りることになる。
キクチヨがウィンチを巻き上げ、貨車が徐々に動きを遅くしていく。


飛び降りればさすがに脚に負担がかかるかもしれない……と、
直前になってユメカの足がすくむ。


「今だ!」


カンベエの合図が入った。
ええい、もう痛みなんか気にしてる場合じゃない!と踏み出そうとしたその時。


「ユメカ、失礼」


そう聞こえた時には、ユメカの体が宙に浮く。
ヘイハチによって抱え上げられたのだ。
そのままヘイハチは停車場に飛び降り、そっと地面に下ろした。


「っありがとう」
「なに、当たり前のことです」


ヘイハチの意識していない優しさにその場は笑顔で返す。
しかしヘイハチの視線から外れると、ユメカは目線を落とした。


――自分は守られてばかりだ。
キュウゾウに助けられ、ヘイハチに助けられ。
そんな風に存在理由を疑ってしまった刹那、びょう!!とすさまじい風が襲った。


「構うな!退避しろ!」


今だヤカンと交戦するキクチヨに向けられたカンベエの叫び。
機関部分に乗って目の前を通り過ぎていったキクチヨは叫び返した。


「おめぇら!農民共を絶対助けてやれよー!!」


そのまま先の続かない線路によって脱線し、
キクチヨは昇降列車と共に闇に消えていった。
静寂がこの場を支配する。


間を置き、カンベエが「行くぞ」と踵を返した。
キララが目を見開き、
カツシロウは「そんな…!先生らしくない!」と不満の声を上げる。


「儂は、今までも多くの同士の屍を踏みつけてきた。そういう男だ」


そのまま歩き出すカンベエに、ヘイハチとゴロベエも何も言わずに歩きだす。
こういう場合の暗黙の了解なのか、優先するのは先を急ぐことなのだろう。
本当の戦を体験したからこそ、とれる行動なのかもしれなかった。


キクチヨが生きていると分かっているユメカでも、仲間を見捨てるようにとれるその行動に胸が痛む。
コマチがカンベエに走りより、精一杯の抵抗を見せるように足を蹴った。
目の前で両手を広げる。瞳には溢れんばかりの涙を溜めていた。
すぐに、それは次から次へと流れ落ちる。


「おっちゃまは…!」


カンベエが無言でコマチを見下ろす。


「おっちゃま…っう……あぁあああ」



とうとう泣き出してしまい、いてもたってもいられなかったユメカはコマチに駆け寄った。
しゃくりあげるコマチを、ぎゅ……と抱き寄せる。


――言ってもいいだろうか。
自分が役に立つのはこれくらいなのだから。


「大丈夫。キクチヨは絶対生きてるから」


その瞬間、コマチを気にして傍に来たキララがユメカに視線を向けた。
何と無責任なことを言うのかと思っているにしては、真剣な眼差し。
ユメカはその視線に気付かないまま、コマチの背を安心させるように擦る。
コマチはひくっと嗚咽を止めながら、ユメカを見つめた。


「っホントですか」
「うん」
「絶対……っなんですか」
「うん」


コマチがごしごしと、小さい手で涙を拭い、頑張って笑顔を見せた。


「オラ、信じるです!おっちゃまは帰ってくるです!」


ユメカは笑顔で頷きを返し、コマチが落ち着きを取り戻したため、その後はキララに任せる。
再び先に向かうべく、今度は皆で歩を進めた。


暫く経って、ユメカの隣にヘイハチが来る。


「大丈夫ですか?
その……落ち着かせるためとはいえ、絶対生きているというのは……」
「……うん、確信があるから‥さ」


納得できないように、ヘイハチがユメカを見た。
ユメカが唯一みんなの力になれること。それは未来を知っていることだ。
しかし、ユメカ自身はどうしたら良いのか分からずにいる。
教えたことで悪い方向に未来が変わることもあるだろう。
だが、コマチを早く安心させるために真実を語ったのは、決して悪くはないはずだ。


初めて自分が役に立ったように思え、ユメカはにっこりと普段のヘイハチに負けないくらいの笑顔を返した。

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