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二人は広場の中央、互いの間合いを取るように一定の距離で立ち止まる。それを見ていた農民達はその張りつめた空気に気圧されて、誰もが口を噤んでいた。
この場には全員集まっていると言ってよかった。誰も何も言わない。勿論仲間のサムライもだ。
沈黙を破ったのは、カンベエだった。
「この勝負、おぬし何を賭ける」
カンベエの質問に、キュウゾウは押黙る。キュウゾウの思いを汲み取ったように、カンベエは刀の柄に手をかけ、体勢を低くする。
「決着を着けよう」
カンベエの動きに合わせるように、キュウゾウもまた背中の二刀を掴み、「参る」と言葉を発し踏み込んだ。
振り下ろしたキュウゾウの右の刀は、抜き身に防がれる。しかしそれを見越していた左の刀が即座に薙ぎ払うように下方から線を描き、防いだ刀を弾いたカンベエは後ろに避けてかわす。
その体勢が整う前にキュウゾウは大胆に踏み込んでいき、カンベエはそれを何度も流す様に避け、両の刀を振り下ろされたのを刀身で受け止める。そのカンベエの口元が笑むように開かれた。
「やはり、惚れるな」
「その手は食わん」
キュウゾウもまた口の端を歪める。初めて対峙した時に惚れたと言われ、困惑から反撃の隙を作ってしまった。二度と同じ手はきかないとばかりにキュウゾウは交差する刀を力で押しのける。
キュウゾウの舞うように刀を斬り込んでいく様子に、一切の迷いは無い。カンベエもまた、キュウゾウを懐に誘うようにしては斬り掛かる。何度も刀がぶつかり、幾度と散る火花。
その闘いは互角に思えた。斬り込めば躱し、躱せば斬り掛かる。時間の経過を教える様に日が昇っていくその時、順手に構えた右の刀をキュウゾウは振りかざす。
カンベエがその動きにつられる様に刀を見た瞬間、くぐもった声を上げ目を閉じた。
その一瞬の隙をつき、キュウゾウは左の刀の切っ先をカンベエの首筋へあて、動きが止まる。
朝日の反射による目くらまし。カンベエの闘い方のように思える方法だった。
「やられたな……」
カンベエが目を開き、キュウゾウを見る。
首筋にあてがわれた刀の存在を感じながら問う。
「この勝負、おぬしの勝ちだ。これからどうする」
キュウゾウは刀を引き、鞘へと収める。
「墓を立てる」
見守っていたユメカがその言葉に驚き、駆け寄る。
「どういうこと……?」
不安げな声を発したユメカを振り返ったキュウゾウが静かに告げる。
「俺の、サムライの墓だ」