samurai7 | ナノ
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ボウガンは肩で息をしながら、目の前のゴーグルを睨む。相手は薄ら笑いを浮かべ、戦いを楽しんでいるようだった。チッと舌を鳴らしたボウガンの左肩からは、先ほど鉤爪で抉られた箇所から血が流れ、着物を桃色から鮮やかな紅へと変化させていた。


「どうした、もう息が上がっているじゃないか」


鉤爪に残った血をすっと指で触れ、ゴーグルは笑みを深くする。ボウガンは眉間に皺を寄せ、不快さを露にした。
戦い始めてどれだけ時間が経ったのかを考える。ゴーグルに圧されながらの戦いで、そう経っていないだろうが、ロクタがユメカを連れ出すには充分に思え、足止めには成功したといえた。


「おいおい、別のことを考えてないか?お前は今俺の相手をしているってのに、妬けるね!」


ゴーグルが地を蹴り、再び接近とともに薙いで来た鉤爪を、ボウガンは機械の左腕で直に受け止めた。相手を止めた隙に右に構えた青龍刀を振り下ろそうとするが、それはゴーグルが咄嗟に変化させた左の鉤爪によって受け止められてしまう。
力押しといえる状態になり、ボウガンは歯を食い縛る。


「何故……そんなに俺に執着するかねェ。明らかに貴様の腕は俺より上の筈、だろ」
「戦ってみなければ分からぬものじゃないか、同じなんだよ、俺はお前と。だが決定的に違うところがある。それが何か俺は知りたいだけでね」


言っている意味が分からない。そして前にも後にも引けない状況であることに変わりはない。
しかしボウガンは僅かな変化を感じた。ゴーグルの鉤爪を受け止めている左腕の軋み。もう耐える猶予が残されていないと分かり、思わず笑みがこぼれた。ユメカに助けられた命もこれまでか、と。その時だった。


「ボーガン!!」


ユメカの声が狭い通路に響き、諦めかけていたボウガンの目が見開いた。ゴーグルが意識を声の主に向けた一瞬の隙を狙い、蹴りで突き放すと距離を詰めるように青龍刀を薙ぎ払う。手応えはあった。胸から腹へと裂かれた箇所から飛沫が上がり、ゴーグルは膝をついた。


「……っ!」


その横を駆け抜け、涙ぐみながらやってきたユメカを受け止めたボウガンは、肺の中に溜まり淀んでいた息を、はっと吐いた。また、救われたのだと思いながら。
そんなボウガンにゴーグルは笑みを返してみせる。


「ほら、な。戦ってみなければ、分からぬだろう……」


傷が内臓まで達し、込み上げてきた血を口から流しながら、それでも笑みを深くする。


「それで、答えは出たのかよ」
「ふ、はは、出たさ。俺とお前の決定的な違い、ってのがね。俺と同じ様に世を恨み、人生を諦めていたお前が変わったのは、その娘の存在だろう。
正直なところ……羨ましいよ。お前がこちら側にいなくなったのは、寂しくも、あった……が」


自嘲気味に笑うと、目を閉じ自らの血溜まりに崩れ落ちるように身を沈めた。ボウガンは一瞬黙祷するように目を瞑り、ユメカへ視線を向けた。


「なんで、まだ此処に……ロクタと会ってないのか?」
「ううん、ロクタとはぐれて……、ごめんなさい」
「いや、正直……来てくれて助かった」


ユメカが来なければ隙は生まれなかった。
血溜まりに倒れていたのは確実に自分だったのだ。


何よりもユメカの無事が嬉しく、存在を確かめるように抱きしめる。だが着物が裂け、紅く染まった肩口を見たユメカが表情を強ばらせたのに気付き、ボウガンはさっと身を引かせる。


「おっと不味い。折角繋いだ命だってのに、キュウゾウの野郎に殺される」


茶化してみせるボウガンにユメカは抗議するように涙目を向ける。


「肩、大丈夫なの!?他に怪我は?」


心配してくれるユメカに思わず笑みを零し、敵わないなと思いながら頷いた。


「擦っただけだから大丈夫だ。それよりも、早く脱出するぞ」
「待って、お願いがあるの。主機関に、行きたい」
「主機関?そんなとこ行ってどうする気だ?敵に殺られに行くようなもんだぞ」
「……ヘイハチとカツシロウが其処に来るから。ヘイさん助けたいし、カッツンには言わないと駄目なことがあって…!」


取り留めのないことを必死で口にするユメカに、ボウガンは浮かぶ疑問が口に出そうになるのを抑え、頷いた。


「承知した。ユメカに二度も助けられたんだ。俺に止める資格はないからなァ。……ただ」


言葉を濁したボウガンは、ユメカの髪へ手を伸ばし、以前返した花の髪飾りに触れる。


「これ、やっぱ頂戴。俺って見返りないと頑張れないんだわ」
「いい……けど、そんな、いいの?」


髪飾りひとつで解決することなのだろうか、とユメカの目が訴える。一方了承を得たボウガンは口元を緩めながら髪飾りを外し、自らの腰帯へと飾る。


「さ、急ぐぞ。行った挙げ句間に合わなかったじゃ洒落にならねーし」


はっとしたユメカは、目尻に溜まっていた涙を拭い、力強く頷き返した。

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