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冷たく陰鬱としている牢は、天守閣戦艦の時のままで、都として生まれ変わる際に忘れられた一角だった。
「すみません!遅れました。交代です」
「ああ、頼む」
小柄なかむろがやって来て、それまで牢の前に待機していた同じ身なりの面長なかむろが鍵を渡す。
一瞬牢の中で背を向けて寝ている男の姿を見て、面長のかむろは離れていった。
足音が聞こえなくなり、固い床に寝転んだまま男は振り返った。
「待ちくたびれたぜ、ロクタ」
同じ態勢でいたため固まってしまった肩を鳴らしたボウガンは、笑みを浮かべながらよっこらせと起き上がる。ロクタと名を呼ばれたかむろも答えるように小さく笑みを浮かべた。
「ちょっと寄り道していたもので」
そう言って鉄矢の束を差し出すと、ボウガンは目を丸くした。
「お前さん気が利くな。助かった」
牢に入れられる際に武器は全て没収されていた。鉄矢を受け取り、左腕のボーガンに装着する。
「それ程でも無いです。刀は目立つから、持ってこれなかったので……さ、早くユメカさんの所へ。このカードを持っていると扉が開きますので」
ロクタは牢の鍵を開けて促す。ボウガンは頷き、カードキーを受け取るとロクタの肩に右手をポンと置いた。
「かたじけない。
逃げることに協力してくれるだけで助かってたんだ。
矢を持って来てくれるなんて恩に着る」
ボウガンの表情に、いつもの茶化すような笑みはない。
ロクタは涙をぐっと堪えながら頷いた。
世のためにと選んだかむろという警邏の役は、最近間違えていたように思っていた。
ウキョウが主になってからというもの、街を見廻るのが務めではなくなり、ウキョウのために動くだけの自分がいたからだ。
しかし、今まで続けていてよかったのだと思えた。
何故捕まっているのかわからない、世話を焼いてくれた先輩のボウガンを助けることが出来たのだから。
「しかしロクタ、大丈夫か?これからどうする気だ」
「もう、自分は此処で務めを果たす気はありません。情けないですが、逃げようと思います」
「そうか」
一瞬何かを考えるようにボウガンは俯き、そして再びニィと笑顔を浮かべ顔を上げた。
「不満がたまってそうだな。それを肴に今度酒を酌み交わすか」
「……はい!」
笑顔で交わした約束に、ロクタは希望を持って頷く。ボウガンはその様子を見て、踵を返した。
「では、ユメカを連れて御座船を目指す」
「気をつけてください。僕は脱出口を確保します」
「ああ」
返事と共に、ボウガンは走り出した。警備はウキョウの周りに重点を置いているため手薄になっている。武器を持たないボウガンの見張りなど、かむろ数人でやっている程度。左腕が機能する今、敵に見付かったとしてもどうとでもなるため先を急ぐ。
しかし角を曲がったところで、ピタリとその足が止まった。後に続いていたロクタが異変に気付き角の手前で立ち止まる。
すると、心底可笑しいと言わんばかりの笑い声が響いた。
「ゴーグル……」
ボウガンは笑いで肩を揺らし続ける目の前の男を睨んだ。
「やあ、出てくると思ってたぜ。御天主さまの命に背いてまで此処に残ったのは正解だった」
くつくつと笑い、右手に持っていた刀を投げて寄こす。床を滑って目の前まで来た刀は、ボウガンの青竜刀。意図が掴めずにボウガンが睨み返す。
「何のつもりだァ」
「接近戦で戦うにはソレが必要だろう。左腕だけのお前に勝っても楽しくない」
ピクリと反応したボウガンが眉をひそめる。
「俺と戦うのが目的か?ならばユメカを攫う時でも良かったじゃねーか」
「それじゃつまらない。舞台が悪いじゃないか。
今、都はカンナ村に向かっている。さすれば雇われたサムライが出てきて、此処は戦場になるだろう。場が混乱すれば、何でもし放題。まさに絶好の舞台だ。どうだ?」
「テメーの思考には付いていけねーよ」
「残念だね。同じ釜の飯を食った仲だっていうのに」
何故こうまでして自分と戦うことにこだわるのか謎が深まり、ボウガンは睨み据える。
ゴーグルはサイボーグ用心棒の中で一番の実力の持ち主だった。ボウガンに勝ったところで、それは当たり前。しかし、ボウガンも負けることは出来ない。優先するのはユメカの無事だ。
ボウガンは腰をかがめ、目の前にある刀へ右手を伸ばした。
死角になっている角に視線をやれば、ロクタの姿を確認する。左手に持っていたカードキーを迷わず死角へと投げた。
気付いたゴーグルが口の端を吊り上げる。
「そこにまだ仲間がいたか」
「カードキー壊されたらたまったもんじゃねーからな」
「まあいいだろう。お前が残ってくれるならば」
「愛されてるねェ」
刀を構える。少しでも時間を稼ぐために。
対してゴーグルは右手を鉤爪へと変化させる。
「ではボーガン、参ろうか」
「お手柔らかに」