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「お待ち下さいカツシロウ様!カンベエ様に謝罪を」
癒しの里、浮かれた人々の波に逆らうように、カツシロウが足を速め、その後をキララが追う。
「必要ない」
カツシロウは、キララがカンベエの肩ばかり持つことに苛立ちを隠せなくなっていた。
カツシロウ自信、カンベエのことは尊敬している。しかしカンベエは未だに認めてはくれない。それどころか、今回のカツシロウとキクチヨの行動に、まるで責めるような眼差しを向けてくるのだ。自分も失敗し、一時は捕まっていたのに。そんなカンベエを師として仰ぐことは、もう出来ないと思った。
「カツシロウ様…!」
カツシロウは人の流れから逃れるように表通りを逸れ、路地へと入り立ち止まった。
「戦の火種はどこにでもある。カンナ村での仕事は、もう終わったのだ」
「ではまた、戦に発たれるとでも言うのですか」
「私はサムライなのだ!」
強い眼差しを向けられ、キララは思わず一歩後ろへ下がる。気付いたカツシロウはキララの腕を掴み、一気に距離を縮めた。壁で挟み、腕の中から逃げられないように。その瞳に、自分だけが映るように。
「私と共に来ないか」
キララの腕にある振り子の光が揺らいだ。
言葉に込めた意味を示すように、カツシロウはキララに口付けを落とす。
抵抗されても良いとさえ思っていた。しかし顔をそむけることをしない。自分を受け入れてくれたのかと思い目を開いてみれば、閉じていないキララの瞳とかち合った。
「……!」
瞬間、理解した。受け入れてくれているのではない。キララは抵抗する意思を殺しているのだと。彼女は以前、共に堕ちると言ってくれていた。その時は自分のことを思ってくれるキララに喜んだが、違う。
キララは、自分がカツシロウを連れてきたせいでこうなっているのだと責任を感じ、受け止めているだけなのだ。
カツシロウは弾かれるようにキララから離れた。
「……気負いはいらぬ」
ただ一言、その場に残し、去っていく。
カツシロウの小さくなっていく後ろ姿を、キララはただ見つめることしかできなかった。
一方、遅れてカツシロウの後を追いかけていたユメカはふたりを見失い、表通りで視線を彷徨わせていた。
「ユメカ、カツシロウのことは巫女の嬢ちゃんに任せとけばいいだろ」
後から来たボウガンに、ユメカは首を横に振る。
「駄目なの。カツシロウはひとりで行くから」
もう決まったことのように言うユメカに、ボウガンは眉を顰める。
「つっても、この人混みだ。もう見つけるのは……」
「いた!」
人混みの中にカツシロウの後姿を見つけたユメカは、一目散に駆けていく。色町で放っておくことなんてできるはずも無く、ボウガンもその後を追いかけた。
「カッツン!」
名を呼べば一瞬反応したようだが、足を止めてはくれない。
「待って、ってば……!」
ユメカは渾身の力を込めてカツシロウの腕を掴み、人の通りの無い横の路地へと引っ張りこんだ。仕方なく振り向いたカツシロウがユメカを見下ろす。
「……何を言われようと、私はもう戻る気は無い」
「それは……分かってるよ」
カツシロウが眉を寄せた。そうだ、ユメカは未来を知る者。
「ならば何故追いかける、知っていたのだろう、キララ殿の気持ちも」
「…………」
「あの時、言ってくれていれば良かったものを……」
あの時というのは、カンナ村でカツシロウがユメカに質問をした時だった。「女性は花を貰って嬉しいものだろうか」その時、行為自体無駄な事だと言ってくれていれば、今こんな思いをしなくては良かったのではないか。矛先を変えて、カツシロウの思いはユメカへの苛立ちに変わる。カツシロウの言う意味を理解したユメカは唇を噛みしめた。
「未来は、変わるから……」
「ああ、そうであったか。ならば思うままに変えるといい、私は失礼する」
「待って!」
更に引き止めようと手を掴むユメカを、カツシロウはもう見ようとはしない。自分がみっとも無く当り散らしているのが分かるから、一刻も早く此処から離れたかった。
「手を放してくれないか」
「…………」