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蛍屋ののれんを潜り、ユキノに事情を話し部屋を借りたいとカンベエが言えば、ユキノは快く皆を受け入れた。ちらちらと動かす視線にカンベエが申し訳なさそうに口を開く。
「シチロージはまだ、村でな」
はっとしたユキノが微笑む。
「いいんですよ、あの唐変木のことは。まったく、あの人はいつだって、居残りシチロージなんですね」
そう言い、皆を中へと通す。ゆっくり休めるよう、宴会をしている部屋から離れた場所へと案内した。
食事や入浴を済ませ、床の準備ができた頃。すっかりコマチと都から連れ帰った他の女達は眠りにつく。しかしサナエは遠い眼差しで外を眺め、時折涙を流していた。
サムライ達が集まる明かりのついた部屋に、キララがそっと戻ってくる。
「あの方は?」
ユキノが問えば、「今はミズキさんがついてます」と答える。ユキノはキララに暖かい茶の入った湯飲みを差し出した。受け取ったキララは振動で起こる波紋を悲しげに見つめた。
「こんなことが、あって良いのでしょうか……。自分を攫った天主を、どうして優しい人などと言えるのでしょう」
サナエを助けに行ったはずなのに、都に居たサナエはすっかり先代天主に心酔していて、帰りたくないという意思を持っていた。無理やり連れてきたはいいが、キララは悩んでいた。
キララの呟きにユメカもまた目線を落とした。画面を通して見ていた時は、ユメカもキララと同じように不思議に思っていた。それどころか、ずっとサナエのことをリキチは想っていたのに、振り向いて貰えないリキチが可哀想でたまらなくて、サナエが好きになれなかったほどだ。
しかし、お腹に子を宿し、都で一生を過ごすことになると思っていれば、たとえ攫った張本人であったとしても、優しく接してくる天主に情が出てくるのは仕方のないことだったのかもしれない。
「あの眼は本物だった。本気で天主を想っていた」
カンベエが都でのことを思い出す。都に乗り込み、天主を人質に女の解放を要求するところまでカンベエはうまくいっていたのだ。しかし、サナエが身を省みず、天主を護らんとすがり付いて来た。カンベエはサナエの想いに動けなくなり、捕まったのだ。
部屋の隅に刀を抱え座していたカツシロウが、突然立ち上がった。
「ひとりで都へ挑んで、言うことはそれだけですか!」
カンベエがカツシロウを見る。怒りを露にするカツシロウに「そうだ」とカンベエが言う。
「そこに儂の隙があった。刀で斬れぬものがあったのだ」
「先生を見損ないました!」
怒鳴るカツシロウに、ユキノが「おやめなさいな」と声を掛ける。
キララはカンベエを見た。
「カンベエ様、どうしてあげたら良いのでしょう。これではリキチさんが可哀想……」
「うむ……」
考えるカンベエを見て、カツシロウは吐き捨てるように口を開いた。
「私達に出来ることは無い」
これにキララは非難の眼をカツシロウに向けた。
「そんな言い方冷たすぎます!」
「では!そなたに何ができる!」
「カツシロウ様には分からないのです!私達が毎年、どんな思いで野伏せりに米を差し出していたか。私達はただ米を作る、生きる屍も同じでした。サナエさんは、そんな私達の窮状を救うために、その身を差し出したのです。とても気高い行為です。あの時、私にほんの少しの勇気があれば……リキチさんとサナエさんは…!」
「やめろ、過ぎた事だ」
カンベエが静止を掛けた。そして静かに立ち上がり、刀身を引き抜いた。何をするのかと皆が注目すれば、カンベエはすかさず刃を逆さに向け、峰打ちをカツシロウとキクチヨの肩に食らわせた。
「この……たわけ!」
カンベエの一括。キクチヨは痛みに唸り、一方のカツシロウは鋭い眼をカンベエへ向けると、決心したように部屋を飛び出した。
キララがはっとして追いかけ外へ向かう。事の成り行きを縁側から眺めていたボウガンは、呆れたようにカンベエを見た。カツシロウとキクチヨの未熟さはこれまで見てきて分かっているが、師にしては説明不足なカンベエ。
これではカツシロウが不審な気持ちを起こしてもしょうがないのかもしれない、と。
まあ自分は関係無いから口を出すつもりはない、とそっぽを向こうとした。しかし視界の端で動いた影。
ユメカも立ち上がり、外へと向かったのだ。
ボウガンは悩んだ末、後を追うことにした。
後にこの選択が大きな変化を生むことになるとも知らずに。
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10.11.06 tokika